最近の出来事について話させて欲しい。これを「怖い話」として片付けるにはあまりにも現実的だったし、あまりにも深く私の精神を揺さぶった。想像を絶する異次元の存在と遭遇するというのがどういうことか、誰も理解しないかもしれないが、せめて耳を傾けて欲しい。
数ヶ月前のことだ。東京から少し離れた田舎に引っ越した。自然に囲まれ、空気も美味しい。ストレスの多い都市生活から逃れ、新しい環境でやり直そうと考えていた。家の周りはほとんど農地で、数件の家が点在しているくらいだった。人付き合いが苦手な私には、その静けさが心地よかった。
ある夜、部屋の窓からぼんやり外を眺めていた。月明かりが穏やかに田んぼを照らしていて、虫の音が心地よいBGMとなっていた。その時、不意に異様な感覚が私の全身を駆け抜けた。「何かがいる」と直感した。何か尋常ではない存在が、じっと私を見ているという不安感。その正体が何なのか見当もつかなかった。
この感覚を無視することはできなかった。何かに引き寄せられるようにして窓を開け、外に出た。冷たい空気が肌を刺すように侵入してくる。気のせいかもしれないと自分に言い聞かせながらも、気がつけば足は田んぼへと向かっていた。
その夜の田んぼは異様な静寂に包まれていた。周囲の音が全くしないのだ。まるで音そのものが吸い込まれてしまったかのようだった。それでも私は止まることができなかった。歩くにつれて、その不安感はますます強くなり、全身が重く鈍くなっていった。
すると突然、私の目の前にあるものが現れた。それは何とも形容しがたいものだった。大きくて不気味な、影の塊のような存在。実体があるのかさえ分からなかったが、それが確かにそこにいた。冷たい汗が背中を流れ落ちた。
その存在は、何も言わずただそこに佇んでいるだけのように見えた。しかし、それを見ていると、自分の意識が不思議な方向に引っ張られていくような感覚に襲われた。現実の境界が崩れ、時間も空間も歪んでいく。私はその異形の存在から目を離すことができなかった。
そのどれほどの時間が経過したのか分からない。永遠のように感じる時が流れ、その間に私の内面は徹底的に掘り下げられ、さらけ出されたのだ。過去のトラウマや忘れていた記憶が、強制的に心の奥深くから引きずり出され、再び私を責め立てた。想像を絶する恐怖と絶望感に見舞われた。
気づいた時には、地面に崩れ落ちていた。全身が震え、涙が止まらなかった。ただ一つだけ確かだったのは、その絶望感は私個人のものではなく、あの存在と共鳴し共感していたということだ。まるで、自分の存在を通して、人類全体の苦悩を経験したようだった。
夜が明けるまで、私は田んぼの中で震えていた。やがて周囲に朝の音が戻り、日が昇ると、あの存在はもういなかった。すべてが夢だったかのように、風景は元通りの静けさを取り戻していた。しかし、その経験は確かに私の中に痕跡を残した。
その後、何週間もの間、私は家から出られない日々が続いた。夢にまであの存在が現れ、私は何度も夜中にうなされて起きた。精神的にも限界が近い状態だった。現実と非現実の区別がつかなくなり、自分自身を見失っていくような恐怖が常に付きまとった。
たった一晩の出来事で、これほどまでに自分が崩れるとは夢にも思わなかった。今思えば、その存在と遭遇したこと自体が、異次元と交じり合う体験だったのかもしれない。それは、私たちが通常認識する世界とは全く異なる領域からの侵入者だったのだろう。
それ以来、あの田舎での生活は続けられなくなった。引っ越しを決意し、この場所を去ることにした。新たな場所での生活が始まったが、心の奥深くにある傷は癒えることなく、時折あの夜のことを思い出してしまう。
もし、今この話を聞いているあなたが、何か理解を超えた存在に遭遇したらどうするか。準備などできないし、避けることもできない。それが現実であれ悪夢であれ、その影響は何らかの形で残り続けるだろう。そして私のように、絶望的な理解不能の恐怖がそこにはあるのだ、と知って欲しい。