異世界への亀裂と友の失踪

異次元

僕はある日のことをどうしても忘れることができない。あの日の出来事はどこか現実離れしていて、しかしまた、これ以上ないほど現実的で、それがより一層僕を悩ませている。

それは、ある夏の日のことだった。その頃、僕は人生に行き詰まりを感じていて、毎日をただ惰性で過ごすしかないような日々を送っていた。 そんな時、ふとしたきっかけで、昔の同級生から山奥にある彼の家に遊びに来ないかと誘われた。 気分転換に良いかもしれないと思い、僕は二つ返事で彼の提案を受け入れた。

彼の家は、車で数時間走った場所にあった。 近くには町もなく、ただ巨大な森が広がっているだけだった。 山道を進むうちに携帯の電波も途切れてしまい、まるで僕らが文明から隔絶された世界に踏み込んだような気分になった。 それでも、その孤独感はどこか心地よく、日常の喧騒から逃れることができたという開放感があった。

その家に到着すると、彼は歓迎してビールを差し出してくれた。 家自体は古ぼけた日本家屋で、祖父母の代から住んでいるという話だった。 古めかしい家で、そこかしこに時の流れを感じさせる物が置かれていた。しかし、それだけに味わいがあり、僕はすぐにこの環境に馴染んだ。

夜になると、彼が言い出した。

「ねえ、ちょっと面白い場所があるんだ。行ってみない?」

僕は興味を惹かれて、その提案を受け入れた。 懐中電灯を手に取り、彼に導かれるまま、家から少し離れた場所にあるというその場所へと向かった。

奥へ進むにつれて、風景はどんどん異様なものに変わっていった。 月明かりも届かない場所で、懐中電灯の光が頼りだった。 静けさが迫るなか、周囲の闇が息づいているような感覚がした。

やがて、とある場所にたどり着くと、彼が立ち止まり、ここだと言った。 そこには、巨大な岩があり、その岩の中心に大きな亀裂が走っていた。 亀裂はまるで黒い影のようにどこまでも暗く、何も反射しない、不気味な闇そのものだった。

「ここには昔から伝わる言い伝えがあってね、この亀裂からは異世界に通じる道があるんだって。でも、何かを捧げなければ通れないらしい」

冗談めかして彼は言ったが、その言葉の背後にある何か現実的な響きに、僕は背筋を凍らせた。まるで、自分のすぐ目の前にある何かが、その言葉の真実を証明しようとしているかのようだった。

突然、辺りの空気が変わった。 風が止まり、静寂が深くなった。 その瞬間、岩の亀裂から何かが僕を見つめている感覚が訪れた。目に見えない何か、恐ろしく理解を超えた存在がそこにいると確信した。

僕は怖くなり、しかしそれ以上にその魅力に引きつけられた。 同級生もまた、何かに引き寄せられるように亀裂に近づいていった。彼が亀裂に手を伸ばそうとしたその瞬間、何かが彼を引きずり込むように見えた。

「やめろ!」僕は叫んだが、その声は虚しくも周囲の木々に吸い込まれただけだった。 次の瞬間、彼の姿は亀裂の中に消えてしまった。絶叫も悲鳴もなしに。

僕は慌てふためきながら亀裂に駆け寄ったが、そこには何の手がかりもなく、ただ深い闇が広がっているだけだった。その場に立ち尽くすしかなかった。

自分が目にしたものが何だったのか、今でも理解できない。狂った想像の産物か現実か…いや、あれは確かに現実だった。 その後、僕は帰るしかなかったが、どうやって帰ってきたのか、その過程すら記憶にない。

警察には彼の行方不明を通報したが、怪しげな話に誰も信じないのも無理はなかった。ひとり残された僕は、その後何度もあの場所を訪れたが、亀裂はただの亀裂として、何も起きなかった。

彼の失踪から数週間が経ち、僕の日常は表向きには戻った。しかし、誰にも言えない、理解しがたい恐怖が僕の中に住み着いている。それが今も、時折顔を覗かせる。

あの日の亀裂の向こうで、何が彼を待ち受けているのか──二度と戻らない友人の行方は、今でも分からないままだ。 そして、そんな出来事がまるで夢のように思えても、僕にはそれが紛れもない現実であったという確信がある。 あの理解を超えた存在が、今もなお、この世界のどこかで僕を見つめているような気がして、僕は眠れぬ夜を繰り返している。

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