それは、時の流れの中において、たしかに訪れたりしもの。それは、人々の日常の中にて、静かなる変化として顕われたりしもの。ある小さき町に住まう者たちは、その最初の兆しに気づくことなかれり。日は昇り、日は沈みつつ、時は巡りめぐりて、変わらぬ日々を繰り返すのみぞ、と彼らは信じたりき。
然れども、ある日、太陽はいつもより昇り長く、その輝きは人の目には灼熱のごとく映りたり。町の者たちは、これを偶然の変化と見なし、日中の用事を急ぎたり。されど、それは始まりに過ぎざりき。まことに、彼らが気づかぬ間に、世界の色は徐々に変わりゆけり。
ある啓示のごとく、次の日、川の流れは逆行し、魚たちはその流れに逆らい泳がざりし。町の者らは、これを自然の不思議と称しつつ、日常に帰りしかば、しかし、それが更なる崩壊の予兆たりとは知るよしもなかりき。
またある者は、森を散策し、その木々が囁く声を聞きたり。その声は古の言葉にて、彼の精神に深く刻まれり。声は曰く、「時は近づけり、変化は必然たり。汝、心せよ」と。その者は恐れつつも、他者にこれを語らんとすれど、言葉はかの者の喉に詰まりしばかりなる。
そうして、更なる日々が流れゆくに、町の境界は次第に曖昧となりぬ。かの者らが知る地形や建物、道は、常に見慣れたるもののごとくにありながらも、何かしら奇妙なる変化を帯びたり。壁の色は鮮やかに濃くなり、石畳みは古の紋様を現し始めぬ。
その所在は実体を持たざりしが故に、人々の精神は次第に歪み、現実の境界は溶解していくがごとくになりぬ。小売りの店主は、自らの店にて商品が異なる場所に積まれしを認めれば恐れおののき、学校の教師は、教えるべき知識がその口より薄れ消えていくことに気づきたり。
また、かの時に至りては、町の中心に佇む聖なる教会の鐘が定めなき時に鳴り出したり。無限なるリズムを刻みて、その響きは空に消え、また大地を揺るがしつつ、その下の深きところへと届きぬ。住民はその音を聞き、心の奥底に潜む不安をさらに募らせたり。
ある夜、星々はいつもと異なる配置に輝きたり。星の海に浮かぶ月は、その姿を歪め、まるで嘲笑するかのごとくに見ゆる。天を見上げし者は、万物の理が崩れゆく兆しを理解せり。そして、彼らの意識は次第に他の次元に触れ、不可視の影が人の背後を囁く。
最も静まりしかる時、あらゆる時計がその刻を止めたり。時間すらもまた、流れ去ることを忘れ、瞬間の中に閉ざされぬ。人々の生活は、まるで砂時計の砂が固まるかのごとくに停滞するのみとなりたり。その時、人々の中にある過去も未来も一切が曖昧となりしばかりなる。
ものの本質は、もはや形無きなるが故に、その確かなる実体を失い始めぬ。人々の意識はその混沌に巻かれ、明日を求むるもそれを見出すこと能わず。その中に、かつて確かなる日常と信じられしものが零れ、崩れ失することを恐れたりき。
それは、古き神話が復活するを謳う時ともなりぬ。忘れ去られしものたちは、その影を取り戻さんとし、世界を幻惑と恐怖に包みつつある。町の者らは、その存在に対して無力なるを知りつつ、それでも地に庇護を願い、祈りたり。
やがて全ての兆しが一つと成りし時、町の人々は黙然とその災厄を受け入れたり。風は全てを吹き飛ばし、雨は全てを洗い流し、茜色の曇り空より光は射しこみ、彼らの面影を映さずにありにける。静寂はその町に訪れ、変容の痕跡のみが遺されしかば、人々はいずこへと消え去りぬ。
この静穏なる場に今も立ちし人、若しくは、古き憧憬に満たされる彼の者たちは、その異質なる日常の崩壊をただ記憶の中に留めつつも、再び訪れし時の幻を目にすることはなけれども。かつてここにありしものは、ただ風の中の囁きとなりぬ。