狐舞台の不思議な夜

妖怪

僕は大学時代、地方の古い町で一人暮らしをしていました。町は歴史的な建物や神社が多く、住むにはとても魅力的な場所でした。特に民俗学に興味があった僕にとっては、その土地の伝説や言い伝えに心を惹かれました。

大学の第二キャンパスがあるその町には、授業の合間にふらりと訪れるのが好きな小さな喫茶店がありました。店の裏手には、細い道がまるで蜘蛛の巣のように延び、奥へ進むと古びた神社があります。この神社は地元では有名で、「狐舞台」と呼ばれる石舞台が中心に作られていました。

ある晩、遅くまで大学の図書館で民俗学のレポートを書いていて、ふと時計を見ると終電を逃してしまっていました。タクシーを呼ぶのも面倒で、運動がてら町を散策しながら帰ることにしました。月が出ており、夜道でも十分明るかったのを覚えています。

ふらふらと神社の方へ歩いていくと、誰もいないはずの石舞台の方から何やら囁くような、そして時折クスクスと笑う声が聞こえてきました。興味本位で近づいてみると、薄ぼんやりとした人影が見えました。驚いて辺りを見回しましたが、その時点で僕以外に誰もいないことは明白でした。

怖くなってその場を去りたくなりましたが、不思議なことに足が前に進むのです。いつの間にか石舞台に立っていた僕は、そこに白い着物を纏った女性が佇んでいるのを目にしました。彼女は無垢な笑顔を浮かべると、僕に向かって手を翻し、「一緒に遊びませんか」と静かに語りかけました。

その瞬間、背筋に冷たいものが走りました。僕は何も言わずに後ずさり、神社を後にしました。それからというもの、夜になると彼女の声が頭の中に響き、不安な感覚が押し寄せてきました。どうしてもあの場所が気になり、再度訪れることにしました。

翌晩、全てを確かめるため、再び神社へ足を運びました。月が相変わらず美しい夜、石舞台の上に例の女性がそこにいました。「待ってました」と彼女が微笑むと、その言葉はまるで風に乗るようでした。彼女の目はどこまでも深く、吸い込まれそうな感覚に襲われました。でも、その瞬間、彼女が人ではないと理解しました。

焦って逃げ出そうとしたその時、脇の小道から男の子が現れました。「あの人、狐さんだよ」と、彼は何でもないように言いました。そして少年はその女性の手を取ると、「さ、一緒に舞おう」と誘いました。狐舞台はいつの間にか、見えない参加者たちで賑わいを見せ、僕は次第に何が現実で何が幻なのか分からなくなっていきました。

我に返ったとき、僕は神社の境内に一人立ち尽くしていました。どうやら狐の妖怪に騙され、自分が参加すべきでない宴に引き込まれかけていたようです。それ以来、神社へは近づかないことに決めましたが、夜になるとまだ時折、彼女の囁きが風に乗って耳元に届くことがあります。

これが僕の体験した、狐舞台での奇妙な出来事です。何が本当で何がただの幻影だったのか、今でも確信が持てません。ただ、一つ言えるのは、あの地には人ならざる者が確かに存在し、時には人間の世界に興味を示すことがあるということです。今思い返しても、あの妖しい笑顔は忘れ難いものであり、これからそこで何かが起こりそうな気がしてなりません。近づけないのに、どうしても引き寄せられてしまうのですから。

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