【十一月一日】
友人の田中が亡くなったと聞いた。とても信じられない。彼とは学生時代からの付き合いで、無二の親友だった。彼の母親から電話があり、自宅で急に倒れて亡くなったとのこと。葬儀には参加するが、何か心に引っかかるものがある。彼の死因について、特に詳しいことは聞けなかった。
【十一月三日】
葬儀に出席した。田中の顔は穏やかだったが、何かしらの無念さを感じさせる表情だった。皆でお経を唱え、最後の別れを告げた。その後、田中の部屋の整理を手伝うことになった。彼の遺品を整理していると、手に古い日記帳が目に入った。
好奇心から読み始めたが、内容はかなり不気味だった。ここ最近、彼が何かに追われるような文章が多かった。「あの影がまた現れた」とか、「音が聞こえる」とか、心の不安を吐露しているようだ。
【十一月五日】
日記帳の内容が頭から離れない。特に、最後のページには「もう疲れた」という一文が記されていた。それが何を意味しているのか、未だに分からないが、このまま無視することはできない。
今日、彼の家を訪ねた。彼の母親と少し話す機会があり、彼の様子について尋ねた。彼女は、ここ数カ月、田中が寝不足のようだったと言っていた。その理由については触れなかったが、何か気になる。
【十一月七日】
昨夜、奇妙なことが起こった。寝ている最中、急に目が覚めた。その時、部屋の隅に影のようなものが見えた。初めは夢だと思ったが、どうもリアルすぎる。急に心臓が激しく鼓動し、冷や汗が流れた。その影はただ立っていたが、確かに何かの存在を感じた。そう思った瞬間、影は消えた。
これは偶然だろうか？ 田中の日記にあった影と関係があるのか？ とにかく、何かがおかしい。
【十一月九日】
影は再び現れた。そして今回は、確実に田中の姿をしていた。最初は驚いて動けなかったが、徐々に恐怖が増していった。その姿は透けていて、現実なのか幻覚なのかが分からないが、彼の目は悲しみを湛えていた。
この経験を振り払うには、彼の死の真相を探る必要があると考えた。どんな未練が彼をこの世に引き留めているのか、それを突き詰めるべきだ。過去の日記をさらに深く読み進めることにする。
【十一月十日】
田中の日記には、「彼女の声が聞こえる」という記述があった。その「彼女」が誰なのか、また、どんな影響があったのかは、詳細には書かれていなかった。しかし、彼の身の回りで何かが起こっていたのは間違いない。
過去の日記を読み返すうちに、彼がある女性に心を寄せていたことが分かった。その女性が存在したのか、どんな関係だったのかは不明だ。ただ、このことで彼の死に何か関係があるのかもしれない。
【十一月十二日】
何度も同じ夢を見る。田中とその「彼女」とおぼしき女性が、一緒に笑顔でいる夢だ。しかし、その幸せな光景は一瞬で影に覆われ、女性の姿が見えなくなる。
この夢が何を意味するのか、頭から離れない。また、影は現れる。徐々に頻度が高まり、耐えるのが辛くなってきた。影の中に含まれる田中の怨念のようなものを強く感じる。彼の言いたいことが何なのか、何とかして理解しなければならない。
【十一月十四日】
今日は田中の元彼女である佐藤さんに話を聞くことができた。彼女は、田中と少し距離を置くようになってから、彼が何かに怯えている様子だったと言っていた。佐藤さん自身も時折、家の中で謎の音や影を感じることがあったらしい。
彼女によれば、ある日、田中は「彼女を守らなければならない」と呟いていたという。これ以上のことは何も分からなかったが、田中が何かしらの責任感や恐怖心を抱いていたことは明白だ。
【十一月十五日】
これまでの情報を整理すると、田中には死後も解決できなかった悔いがあったのではないかと思えてきた。その悔いが怨念となり、彼の魂をこの世に縛りつけているのかもしれない。
今夜、影が再び現れるかどうかを確認するために、意識を研ぎ澄ました。すると、やはり彼の影が浮かび上がった。今度は大胆にも、彼と対話を試みることにした。静かに問いかけた。「君は何を求めているんだ？」と。
【十一月十六日】
田中の影が微かに動いた気がしたが、結局何も言わないまま姿を消した。もしかすると、まだ彼の想いに共感できていない部分があるのかもしれない。彼の日記と自分の経験から何かを見つけなければ。
そこで、もう一度彼の日記を読み返しながら、新たな手掛かりを探すことにした。感情が深いところで繋がるような言葉や行動を見つけるために、彼の言動や選択を理解しようと努める。
【十一月十八日】
田中の日記に、ある古い廃屋の住所が書かれていることに気付いた。どうやら彼はこの場所を何度か訪れていたようだ。廃屋の写真も挟まれており、何か意味があるに違いないと思い立ち、行ってみることにした。
実際に場所を訪ねると、古びた廃屋がただ寂しく佇んでいる。中に入ると苛立つような寒気を感じ、足を進めるたびに何か不吉なものに引き寄せられている気がした。しかし、何も起きなかった。心の中で彼の名を呼んでみたが、返事はない。
【十一月二十日】
探し続けた疑問に、ついに一つの答えを見つけた。田中の日記の最初のページに、彼の感じた苦しみや孤独が切々と綴られていた。彼はその女性との関係に、かつてないほどのプレッシャーを感じていたらしい。そして彼の最後の日記には、「もう君を傷つけたくない」という一言が書かれていた。
真実を知ってから、私自身も心が重くなった。彼は誰かを傷つけたくない、その願いだけでこの世を去ったのだ。しかし、その優しさが彼を苦しめ続けたのだろう。影はその思いを伝えるために現れていたに違いない。
【十一月二十二日】
これで終わりにしようと決意した。田中の影に最後の別れを告げようと思う。夜が訪れると、彼の影が現れた。今度こそ、彼のために祈りを捧げ、彼の無念を晴らす言葉を掛けた。
すると影は静かに消えていった。彼の表情には微笑みが浮かび上がっていた。やっと彼は解放されたのだと信じてやまない。
それでも、私はこの出来事を決して忘れることはないだろう。田中との友情、そして彼が抱えていた苦しみは、永遠に私の中で生き続けるだろう。彼の魂が安らかであることを願うのみだ。
