闇の深淵にて古き碑文が語られり。病厄の風吹き荒ぶ彼の日、世界の理は崩れ去りし。蒼穹は裂け、星々は墜ち、地は血に濡れたる。その記録を刻みし者、預言者か、狂人か、定かならず。今に至るまで、その語り継がれしもの、読める者は無し。如月の夕、黄昏にて、北風乱れ吹く時、三度めぐりし月の暈を見よ。これは語る、ある村の運命、滅びの方途を。
彼の村に妙なる病が襲いしは、新月の夜のことなり。天と地の境曖昧となりし夜、風は止み、鳥は翼を休め、ただ静寂のみが村を包みし。村人たち、眠りにつく間もなく、呻き声の如き音、聞こえたるは古井戸の底より。ふたを閉じ、封じたるはずのその井戸より、声高く響き、やがては人ならぬ者の姿、現れたり。古の呪文紡ぐ者、戒め破りしの報いとして、村は罰されしこと、伝え聞かれたり。
病は忽ち広まり、異形の者共、村を彷徨いし。生ける屍と化したるそれら、嘆きの声を上げ、己を取り戻さんと叫び啼けり。夜毎、彼らは村中をさまよい、過去の幻影を追い求めり。村人たち、日が沈まぬうちに家に閉じ籠もり、祈りの言葉を呟き、夜明けを待つことに専念せり。未だ目覚めぬ恐怖、終わりなき夜に生かされし者たちの心は、やがては歪み、異貌となりぬ。
時を経て、僅かながら生き延びし者たち、逃げ場を求めて村を離れんとするも、病の呪縛より解き放たる者は一人もなし。森を抜ける道を捜し、岩を越え、谷間を歩みしが、そこには終わりなき闇の迷宮ありける。幾度となく戻る村の境界、彼らを嘲笑うごとく、道はつねに彼らを村へと誘い戻す。逃げ場無き虚無に嘆息し、心は地に打ち捨てられ、蝕まれていきぬ。
古き祭壇にて祭の儀式始めんと、新たな希望求めしが、すべては虚構なりけり。神も仏も来たらず、死を救済する者、ただ一人もなし。絶望に満ちたる晩に、終わり無き宴に囚われし者たち、徐々に理性を失い、やがては己が同族となり、夜を舞い、夜明けを無くしぬ。
そのすべては問い得ぬ謎の如く、呪文の一部、もしくは彼の地で語り伝えられし物語の謬言たるか。誰も知ること能わず、ただ影と化した村にて、空白の頁に記録されし。今日もその物語は、霧の彼方に隠され、人の世ならぬ場所に囁かれつづけん。古井戸に封じられたるは、果てなき旅路の案内者なりや、封じられし記憶なりや。語られぬもの、読むこと能わぬもの、ただ恐るべし、ただ恐るべし。
命の灯火絶え、星空のもとに眠りし者たち、再び目覚めしとて、待つものは永久の暗闇なり。かの村を伝説にし、忘却の彼方へと消え去りし病、今や都市に放たれん。都市が闇に染まる日、予言は果たされん。巡りゆく定め、我は見届けたり。
かくして伝承なる災厄の日、如何に語り告げんとするも、民は信ぜず、無用の長物と笑わん。天は開かれ、地獄の門は開かれ、死者は甦り、生ける者は亡者と化すとも、信じるは己のみ。封じられし秘儀、やがては知られ、終焉を迎えん。茜色に錆びた太陽の没する時、彼の村より始まりしこと、我々の未来なるや。
一切は陰に隠れ、彼の地の哀歌とともに風に運ばる。その語りは彼方の山並みに消え、再び終楽章を迎えしといえど、響きやまぬ。幾千の夜を越え、彼の者の嘆きが風化せぬ限り、その災厄は巡り来たるべし。魂は吠え、夜は閉ざされ、古き儀式の行方は、今も不明なり。それは読めぬもの、知れぬもの、ただ恐れ敬うべし。