深澤村の不思議な儀式と異世界体験

風習

私は数年前、大学時代の友人である山田と一緒に、ある小さな山村を訪れることになった。彼の祖父がそこで生まれ育ったらしく、一度行ってみたいという彼の誘いで、特に計画も立てず、ただ行き当たりばったりの旅を楽しむつもりだった。村の名前は「深澤」。地図にもほとんど載っていないような場所で、私たちはともかくも車を走らせた。

村に到着したのは午後の早い時間だったが、不思議なほど静まり返っていた。適当に村の中心らしき広場に車を止め、まずは簡単な挨拶をしようと近くの民家の扉をノックした。扉が開かれたとき、中から出てきたのは、やせ細った老人だった。彼はじっと私たちを見つめ、誰何の言葉も発しなかった。山田が「こんにちは」とようやく声を掛けると、老人はやっとのことで「戻ってきたのか」と呟いた。

「戻ってきた?」という言葉に違和感を覚えたが、山田はそれを気にも留めない様子で、祖父の名前を伝えた。すると老人の目が一瞬だけ鋭く輝き、「それなら入ってなさい、お式まで時間がある」と言って、私たちを中へ招いた。

彼の家は古びた農家そのもので、木の床はところどころ剥げ、壁には亀裂が走っていた。老人が手早く用意したお茶を啜っていると、彼は静かに村のことを語り始めた。この村では年に一度、ある「お式」が行われるのだという。それが今日の夜、この村で催されるというのだ。

詳細を尋ねても、老人は「見ればわかる」とだけ言い、教えてくれなかった。なんだか奇妙な気分になってきたが、せっかくの機会だからと、私たちはその「お式」とやらを見学することにした。夜になると、村人たちが次々と広場に集まってきた。全員が白装束をまとい、まるで儀式の参加者そのものだった。

やがて、夜のとばりが完全に降りたころ、村の真ん中にある御神木の前に全員が整然と並んだ。長い沈黙の後、ひとりの初老の男がゆっくりと祈りの詞を上げ始めた。それは古い方言混じりのもので、ほとんど理解できなかった。が、言葉のリズムに一種の力強さと不思議な魅力があった。

そのうち、周囲の人々が一人ずつ声を合わせ、奇妙な合唱が広場に鳴り響いた。そして、祈りが最高潮に達した瞬間、突然全員が静まり返り、鳥の鳴き声ひとつしない完全な静寂が訪れた。

私と山田は呆然としてその場に立ち尽くしていたが、気づくと村人たちの視線が一斉に私たちに向けられていた。まるで何かを確かめるように、じっと私たちを見つめている。

その時、あの老人が再び私たちに近づいてきて、「お前たちも選ばれたんだ」と重々しく言った。それから、二人の若者が私たちを取り囲み、粛々と祭壇の方へと導いた。

「待ってくれ、私たちはただの見学者だ、参加するつもりはない」と抗議しようとするが、無言のまま連れて行かれる。山田も慌てていたが、手も足も出せない状況だった。

祭壇にはもう一つの白装束が用意されており、私たちはそれを強制的に身に着けさせられた。再び祈りの詞が始まり、私たちは否応なくその場に立たなければならなかった。

その後、おかしなことが起こった。周囲がぼんやりと光り、視界が歪んでいく。そして気がつくと、私は見知らぬ場所に立っていた。まるで村の風景の一部がそっくりそのまま過去に巻き戻されたかのようだった。

そこには若き日の山田の祖父がいて、同じようにこの式典の一部として参加していた。何がどうなっているのか、全く理解できなかったが、私の心拍数は限界を超えようとしていた。

その時、ふと背後に気配を感じて振り返ると、一人の村人が微笑んでいた。その微笑みは、不自然に広がった「口」が、まるで別の生物のように見えて、私は瞬間的に恐怖に襲われた。

気づく間もなく私は意識を失い、次に目を開けたとき、そこは広場ではなく、村の外れにある暗い山道だった。隣には倒れている山田の姿も見えた。彼を揺り動かすと、やっとのことで目を覚まし、「今のはなんだったんだ」と呟いた。

私たちはしばらくその場に座り込み、あの不可思議な出来事を反芻する他なかった。村はもう見えなかったし、人の気配も消えていた。私たちは震えながら車まで戻り、そのまま村を後にした。しかし走りはじめてすぐに、これまでまるで薄く感じられていた時間の流れが一気に現実に戻ってきた。まるであれは夢か幻かとすら思えるほどだった。

帰路につきながらも、深澤村が再び私たちの前に姿を現すことはなかった。それからというもの、あの村のことを語ることはお互いに避けている。まるで何かに触れない方が良い、そんな予感を無意識に避けているのだろうと思う。今でもふとしたときにあの白装束の感触や、祈りの詞のこだまが頭をよぎることがある。しかし、どれだけ思い返そうとも、すべてが霧に包まれたままで、ただ不気味な違和感だけが私に残り続けている。あの村は本当に存在したのだろうか、それとも私たちは一時期、異世界にでも迷い込んでしまったのだろうか。どちらにしろ、もう二度とあの場所に戻るつもりはない。

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