消える山の異界体験

神隠し

高校時代、僕の地元には「消える山」と呼ばれる場所がありました。その山に足を踏み入れると、人が突然いなくなるという噂が絶えませんでした。僕は当時、その噂を信じてはいませんでした。むしろ友達と肝試し程度に訪れることもあり、特に不気味だと感じることもなく数度訪れたことがあります。

しかし、大学生になり地元に戻ったある夏の日、事件は起こりました。その日、僕は中学時代の友人であるケンタと再会し、久々に飲みに行くことになりました。酒も進み、話題は自然と「消える山」の噂に移っていきました。

「覚えてるか?あの山の話、実際に消えたやつがいるって聞いたんだ。」

ケンタがそう言ったとき、僕は半信半疑でした。噂はよくないが、実際に消えたという話は今まで聞いたことがなかったからです。

「ほんとかよ?どんな話だ?」

そう問いかけると、ケンタは真剣な面持ちで語り始めました。彼の知り合いが数日前、その山に入ったきり戻ってこないというのです。警察も捜索しているが、何の痕跡も見つからないと。

「確かめてみようぜ。どうせデマだろう。」

酔った勢いもあり、僕たちはそのまま夜の消える山に向かうことにしました。

現地に着くと、霧が立ち込め不気味な雰囲気を醸し出していました。しかし、そんなことでは僕たちの好奇心を止められませんでした。懐中電灯を手に山道に足を踏み入れました。しばらく歩いていると、急にケンタが立ち止まりました。

「聞こえるか?」

確かに、どこからか微かな鈴の音が聞こえました。誰かが近くにいるかのようでした。でも、それだけでした。人の気配は全くなく、ただ夜の静けさの中にその音が響いているだけでした。

突然、ケンタが小声で叫びました。「あれを見ろ!」

指差した先には、霧の中にぼんやりと光が浮かんでいました。それは人の形をしているようで、こちらにゆっくりと近付いてきます。

「逃げるぞ!」

僕たちは恐怖に駆られ、山を駆け下りました。しばらく走った後、何とか山を抜け安全な場所に戻ったときには、二人とも息が上がっていました。

その夜はそのままケンタの家に泊まることにしました。正直、何があったのか説明がつかず、動転したままでした。ただのイタズラや見間違いだと願っていましたが。

次の日、僕はひどい頭痛で目が覚めました。目を開けると、いつもの部屋が何か違う。友達の家のはずなのに、この場所がまるで知らない空間に感じるのです。何が違うのかは言葉にできませんが、心の底から不安が湧き上がってきました。

ケンタもまた、同じように感じているようで部屋を見回しながら言いました。「なんか、おかしくないか?」

一旦外に出てみようと、僕たちは玄関へ向かいました。しかしドアを開けた瞬間、目にしたのは見知らぬ街の風景でした。周りの景色が違って見えます。慌てて振り返ると、背後にあったはずの家もありません。消えているのです。

「これは、どういうことだ?」

恐怖で頭が真っ白になり、二人でしばらく茫然と立ち尽くしていました。何とか携帯電話を取り出し、家族に連絡を取ろうとしましたが、まるで電波が届いていないかのようで、通話もメッセージも繋がりません。

気がつくと、周囲にはいつの間にか、どことなく見覚えのある風景が広がっていました。しかしそれは、まるで何年も前のものに見える場所。ただ、それが過去のそれなのか、未来のものなのか、僕には判断できませんでした。

妙に時間が停滞しているかのような感覚。同じ景色が続き、出口が見つかりません。そして、僕たちがどれだけ歩いても、どれだけ叫んでも、助けは現れませんでした。すべてが狂っている。しかし、僕たちは記憶の中の何かを呼び覚ますように、それを受け入れざるを得ませんでした。

その後、何時間が経ったのかもわからない時間が過ぎ、僕たちはようやく元の世界に戻ったと感じました。目の前には見慣れた光景と町並みが広がっています。ただ、何かが確かに違う。僕たちは恐怖からほとんど無意識に、何が起こったのかを忘れるよう努めましたが、心の奥底に残った恐怖は消えません。

帰宅後、両親に何があったか話すと、驚いたことに、僕たちが戻るまでの間、約一週間が過ぎていたことが判明しました。そんなことはありえない。僕たちの感覚では数時間だったからです。

それ以来、僕たちはその山には近づいていません。あれが何であったのか、どこだったのか、説明できる人はいません。でも、あの日どこか異界に迷い込んだのは確かです。そして、戻ってきた僕たちは、本当に元の世界に戻ってきたのか確信がありません。

この体験を語ること自体、恐ろしくてしょうがないのですが、もしあの山に行くことがあれば、何が待っているかは知っておいてほしいのです。もしかすると、その先にあるのは、自分が思う現実とは違う、何か別のものかもしれないと。

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