彼方より訪れし者、彼の地に足を踏み入るべからず。これ、古の定めにして、村を守る秘儀なり。余所者の耳に囁かれぬ言葉、村にて厳かに守るべし。この集落、幾年月を経ぬれど、人の世の変わりぬ地に在り。山なす霧靄、川のせせらぎ、木々の囁き、神秘と恐怖を相伴いて。
ある時、彼の地に旅をする者あり。名をトモユキと言ふ。異郷の者にて、村の存在を聞き及び、興味本位に探索を試みたり。「この地、如何なる秘儀を隠すや」との思ひより、道なき道を踏破せんとし、終に村を見出せり。辺りを伺ふに、古びた屋敷あり。この屋敷、永き時を経たりしが、未だ人の温もりを宿す様子。
村に入るや否や、人々の視線集まりて、何事か問ふ。「この地、守るべき約束に非ず」と、村の長老言ひけるに、「それ知らずして踏み入りたり。許されたし」とトモユキ答ふ。村人、無言にて頷き、彼を屋敷の中へ導く。屋敷の内、暗く静寂に満ち、大きき座敷に通されり。その座敷の中央に、祭壇めきたる場あり。上には古びた書、そして謎なる符号織り込まれし布。
夜半、屋敷の陰る時、トモユキに奇怪なる夢見ることあらざり。夢の中、祖霊の影、集落の者たち、暗き儀式の様相なり。手に手を取りて、異国の言葉の如きを唱え、彼の地にある生贄を捧ぐる様子。トモユキ、驚愕にて目を覚まし、その姿を振り払ふも、なお恐れは残る。
翌朝、村の集まりに招かれ、「祭りの準備に参加を願ふ」と告げらる。これ村の風習なり、と長老諭す。トモユキ、戸惑ひつつも、村人らの和やかなる様子に引かれ、祭りの準備を手伝ひたり。時の流れ、夕刻を呼びて、暗き神秘の時なるや。
祭りの行われる夜、村の中心に大きき炎燃やさり。人々、手に手を取りて、火を囲みて謳ふ。音調、古の旋律、異国の響き。トモユキ、儀式の中心に据えられ、其の場の意味を測るべしれど、不明瞭にて何事も悟れず。
幾度かの時が過ぎ、祭壇に捧げられしもの、古めかしき鏡なり。村の者、その鏡に映る影に、何か秘めたる力を認めにきけり。トモユキ、好奇心に負け、其の鏡を覗かんと試む。見れば、自らの姿にあらず、過去世の影、あるいは未来の姿映し出さる。
「これは何ぞ、此岸の彼岸の境なりや」と、トモユキ呻きたり。その声、村の者ども耳に入れず、ただ黙祷の如く、目をつむりて祈りを捧ぐ。儀式の終わり、長老、トモユキを呼び、「君が此の地に来たるが縁、これ村の宿命なる定め」と語る。
その後、トモユキの姿、村より消え失せたりといふ。村人、何事も述べず、ただ謎の微笑浮かべ、村の生活続けぬ。土地の者、またしても村の閉ざされたる様に、何故に余所者を受け入れしや、秘めたまま語らず。
やがて世代交替しても、村はなお変わらずあり続けぬ。その風習、村を縛る鎖の如く、時を越え、忘却の彼方に消えることなかれど、彼の地を訪る者、再び現れること稀なり。
かくして、村の風習、いまだ謎に紛れ、訪る者の名も、朽ちるまで忘却の深き淵に沈みぬ。大いなる謎、村の秘伝と共に眠り続け、訪れる者を待ち続ける。斯く語り継がるる故事、幾年後の聞書として、語らるものなり。