消えた友人と祠の謎

神隠し

これは、僕が大学生だった頃に体験した、今でも忘れられない出来事についての話です。長い間、このことは誰にも話さずにきました。でも、もし今ここで誰かに知ってもらえるのなら、その重荷から少しでも解放されるかもしれないと思い、こうして書いています。

大学3年生の夏、友人の佐藤と一緒に、山間の小さな村にゼミ合宿に行くことになりました。そこは、古びた民宿と、周りを取り囲む深い森が特徴的な、ひっそりとした場所でした。合宿は例年通りだったので、特に不安に感じることもなく、僕たちは楽しみながら現地に向かいました。

初日は問題なく過ぎていきました。昼間は教授の指導のもと、部屋で勉強し、夜はみんなで持ち寄ったお菓子を食べながらお喋りに興じたりしました。村はとても静かで、夜には虫の音だけが響き渡る、どことなく安心感を感じる場所だったんです。

しかし、2日目の夜から、何かが少しずつおかしくなり始めました。それは、佐藤が夜中にふらっと外に出ていったことから始まります。深夜、僕はふと目を覚まし、隣の布団に佐藤の姿がないことに気付きました。心配になって、彼を探しに外へ出たのですが、民宿の周りを見ても彼の姿はどこにもありませんでした。

どうしようかと迷っていると、突然、森の方から彼の呼ぶ声が聞こえたような気がしました。「おい、こっちだよ」と、ぼんやりした声。しかし、それは佐藤の声にも似ているけれど、どこか違う、冷たく、何かしらの不気味さを孕んだ響きでした。僕は怖くなり、その夜は部屋に戻って布団をかぶって震えながら朝まで待ちました。

翌日、佐藤はほとんど眠っていない様子で戻ってきました。なぜか彼は昨夜の事を覚えていないと言い張り、いつですら冗談を交えつつ僕をからかっているかのように見えました。しかし、その時の彼の目には、いつもの彼とは違う、どことなく飽和した虚ろな輝きがあり、僕の中で違和感を拭い去ることができなかったのです。

その日の昼間、僕は少し民宿の周りを散歩することにしました。森の中に、ぽつんと古びた祠が建っているのを見つけました。それは、夜中に聞こえた声の方向にあるように思えました。不安を感じながらも、どうにかしてその場所を確認したい気持ちが強くなり、僕はその祠に足を向けました。

祠に近づくにつれ、周囲の空気が重く感じられ、背筋を冷たい汗が流れました。その時、祠の中から突然ふわりと蝶が飛び出しました。その蝶はどこか異様な輝きを持っていて、まるで闇の中に浮かぶ白い光のようでした。思わず目を奪われた瞬間、僕の意識は真っ白になり、倒れるようにその場に座り込みました。

どれほどの時間が経ったのか分かりませんが、はっと目を覚ますと森はすっかり静まり返り、日は沈みかけていました。慌てて帰路につこうとしたとき、不思議なことに道が分からなくなってしまいました。知っているはずの道が全く違う風景に変わり、迷路のように見えるのです。

なんとかして宿へと戻ったとき、すでに夜になっていました。民宿に辿り着くと、仲間たちが心配した様子で待っていましたが、その中に佐藤の姿はありませんでした。あの後、彼はまた姿を消し、今度は結局戻ってこなかったのです。皆で探した結果、翌朝、警察の捜索隊も加わりましたが、佐藤は結局見つからず、行方不明のままとなりました。

合宿を終えて帰京した後も、佐藤は戻ってきませんでした。大学も彼の捜索を続けましたが、何の手がかりも得られず、やがて周囲の関心も薄れていきました。しかし、僕はあの出来事を忘れることができず、何年も引きずることになりました。

あれから数年経ったある日、僕の元に一通の封書が届きました。それは佐藤からのものでした。震える手で封を切ると、中には数行の短い手紙がありました。「今こちらで元気にやっている。この先も時々手紙を送るから、心配しないでほしい」と。ただ、その住所も、書かれている内容も、どこか奇妙に感じました。

手紙に書かれていた住所をネットで調べましたが、そんな場所は現存しないことがすぐに分かりました。それでも、彼の字で書かれていることに間違いはありませんでした。果たしてそれがどういう意味なのか、何度も考えましたが、答えは見つかりません。

月日が経つと、手紙も次第に途絶え、今では完全に途絶えています。しかし、不意に夜の静まり返った闇の中で、あの日聞いた声が僕の耳元で囁くことがあります。「おい、こっちだよ」と。

僕は今でも、その声を突然聞くたびに、あの時佐藤がどこに連れて行かれてしまったのか、本当はどんな世界が彼を迎え入れたのかを考えずにいられません。そして、次に呼ばれるのは僕の番かもしれないという、得体の知れない恐怖が心の奥に沈んでいるのです。

タイトルとURLをコピーしました