先日、とある匿名掲示板で奇妙なスレッドを見つけた。タイトルは確か「消える女友達からのメール」。投稿者はある男性で、友人の女性から届く不可解なメールについて相談していた。投稿は続いており、その後の展開が非常に気になったので、一連の書き込みをくまなく読んでみた。
—
最初の投稿を書いたのは約一ヶ月前のことだった。男性は「東」という仮名を使い、職場の同僚だった女性「絵里子」とのエピソードを語り始めた。彼曰く、絵里子は朗らかで誰とでもすぐに打ち解けるような性格で、その魅力は職場でも評判だったという。しかし、ある日突然彼女は会社を休みがちになり、その後まったく姿を見せなくなった。
「彼女と最後に話したのは、夏の終わりの飲み会の時だった」と東は語る。飲み会の帰り道、二人はふとしたきっかけで話し込み、絵里子はある心霊体験を打ち明け始めた。子供の頃、実家の庭にある古い井戸の周りで、見知らぬ少女と友達になった話だった。見るたびに服装が少しずつ変わるその少女とは、井戸のそばでだけ会うことができたという。話を聞いて、その状況が少し変だと思ったが、東はそれ以上深くは追求しなかった。
その翌日、絵里子からメールが届いた。内容は至って普通で、「昨日はありがとう。井戸のこと、いつかまた話すよ」とだけ書かれていた。それから一週間後、彼女は会社を休んだ。
それ以降、メールが毎週決まって木曜日の午前2時過ぎに届くようになった。その度、絵里子は毎回「井戸について大事なことを思い出した。でも、怖くて今は話せない」という文面を送ってきた。そのタイミングは奇妙だと東は思ったが、相手を無理強いすることはできず、ただ彼女の言葉を待つしかなかった。
ある日のこと、そのメールが突然不気味な変化を見せた。絵里子のメールアドレスから送られたはずのメッセージに、微妙に異なる名前が記されていた。「江梨子」あるいは「絵里チェ」というように、少しずつ変わっていったのだ。さらに、その内容も徐々に不明瞭になり、文章がかすかに読めるもの、暗号のようなものになっていった。
不審に思いながらも、東は念のため返信することにした。「何か困っているなら助けたい。話せることがあれば教えてほしい」と。しかし、絵里子からの返答はなかった。
その間もメールは途切れることなく続き、日を追うごとに恐ろしい光景が浮かび上がってきた。文章の一部には「井戸に引きずり込まれた」「戻れない」「少女が来る」といったフレーズが含まれるようになった。もはや、これは偶然や錯覚とは思えない状況だった。
ある深夜、東はとうとう意を決して、その井戸の存在を確かめに行くという行動に出た。絵里子の実家は都会から少し離れた田舎にあり、そのいかにも古びた屋敷の庭に井戸があった。東が車を降りると、月明かりがその井戸をぼんやりと照らしていた。井戸は古く、使われている様子はなかったが、その底知れぬ深さには独特の恐怖があった。
その夜もまた、井戸の近くで妙な気配が感じられたという。何かに呼ばれるように、東は井戸の淵に近づいた。そこで、彼ははっきりとした声を聞いたのだ。「戻ってきて」という囁きが、彼の耳元でかすかに響いた。
震える手で携帯を取り出し、東はもう一度メールを開いた。その最新のメールは閲覧不可能な文字列で覆われ、それをデコードしようと試みたが、エラーが繰り返されるばかりだった。それでも、かすかなノイズの合間に「井戸」の単語が読み取れる気がした。彼は意を決し、その井戸に手を伸ばした。
その瞬間、背後に誰かの存在を感じた。しかし振り返る勇気はなく、一歩、また一歩と後ずさりしながら、彼はその場を後にした。井戸から聞こえる声は途切れることなく続いているようだったが、彼の耳にはそれが徐々に遠くなることしか感じられなかった。
帰宅後、東は再び掲示板に戻って現状を報告した。「あの井戸は何かがおかしい。絵里子はまだ、そこにいるのかもしれない」と彼は書いた。そして、最後にこう付け加えた。「あの夜、確かに聞こえたんだ。彼女の声を。それ以来、彼女からのメールは途絶えてしまったけれど、まだどこかで彼女が呼んでいる気がしてならない」と。
—
それきり、掲示板での東のその後の書き込みはなく、ただこの奇妙な体験談だけがネット上に取り残された。井戸が持つその不可解な魅力と呪い。誰も見たことのない井戸の底で、静かに手を差し伸べている誰かがいるのかもしれない。それを確かめる術はもう残されていない。