ある地方都市に住む友人から、不思議な体験をしたという話を聞いた。この話は彼の知人の友達、つまり彼の「友達の知り合い」が経験したものだと言う。具体的な名前や場所は明かされず、全てが曖昧でありながら、不気味な印象を拭い去ることができなかった。
話の中心にいるのは、ある若い女性、仮に彼女を美咲と呼ぶことにしよう。彼女は独り暮らしをしており、そのアパートは比較的新しいものだった。しかし、そこに入居してからというもの、奇妙な現象が頻発するようになったと語られている。
まず、美咲が最初に気づいたのは、夜になると頻繁に上の階から聞こえる水の流れる音だった。特に雨の日ではない、静かな夜に限って、その音は異常に響くという。彼女は上の階の住人に確認を取ろうと何度か訪ねたが、いつも不在だった。管理人に尋ねたところ、上の階には誰も住んでいないと告げられた。
それを聞いたとき、美咲は自分が何かを勘違いしているのだろうと無理に納得させることにした。しかし、ある夜、彼女は部屋の隅で水が滴る音を耳にした。慌てて部屋を見渡すも、水漏れの形跡はどこにも見当たらない。まるで幻覚を見ているかのようだったが、その音は確実に彼女の耳に届いていた。
そのような奇妙な体験が積み重なり、美咲は次第に不安を募らせていった。友人や家族に相談するたびに、「思い過ごし」「ストレスのせい」と言われ、誰一人として真剣には取り合ってくれなかった。しかし、彼女の不安は、ある夜に頂点に達する。
その夜、美咲は奇妙な夢を見た。夢の中で、古びた和室に佇む自分が見え、その床は水で濡れている。彼女は夢の中で何かを探し求めるように、その水たまりに手を入れた。そして、不意に、自分以外の手が水の中から伸びていることに気づいたのだった。その手は彼女の手を掴み、どこかへ引き込もうとする。
驚愕し、美咲は目を覚ました。そして、その瞬間、寝床の下から確かに聞こえるはずのない水の流れる音を耳にした。心臓の鼓動が恐怖で速まる中、彼女は意を決して床を覗き込んだ。しかし、何も見えなかった。ただ、未だに続く水音だけがじっとりとした静寂に響いている。
この話を聞いた時、私はそれらの現象を論理的に解釈しようと試みた。建物の配管に問題があり、水音が響いたのかもしれない。あるいは、美咲の精神状態が不安定になり、幻聴を経験したのかもしれないと。しかし、最も不可解な点が一つ残る。それは、彼女がそのアパートを急いで退去した後、入居したという知人の体験だった。
新たにその部屋に入居した知人も、同様に水音を聞くようになったという。そしてある日、奇しくも美咲が見たという夢と似た内容を誰かに話したのだ。しかし、それだけで終わらない。その知人が最後に言ったことが、今でも私の頭に残っている。
「夢の中で、その手が何か言ってるのが聞こえたんだ。なんだか水の中から、”ここにいるよ”って声がしてね。」
この言葉に寒気を覚えた。理屈では説明できない恐怖がそこにあったからだ。私はこれ以上深入りするのをやめ、その話を頭の片隅に留めることにした。
この経験が示すのは、おそらく単なる水の音ではない何か、ある種の存在がその場所に潜んでいるのではないかということであろう。そして、それを知ったとき、普通の生活に戻ることはきっと難しいのだろう。話の信憑性が曖昧だからこそ、私たちの身近にも同様の現象が突然として現れる可能性がある。不確かさと謎が交錯する中、その存在はますます影を濃くしていく。