かつては楽園と謳われし地、その平和なる時代に終末の影が忍び寄る。大地は緑豊かに、人々は日毎にその実りを享受していた。しかし或る晩、天にて月の影が異なる模様を映した時、忘れ去られた予言が蘇る。人々の眠るその夜の帳は、重く静かに、然し確実に運命の時を告げる鐘音の如く鳴り響く。
その予言は遠き古の書物に、恐るべき運命の証が刻まれていた。曰く、「銀の月が赤き眼を開かん時、人々の平穏は絶え、静かなる死者は再び大地を歩まん。病は風と共に遍く土地を覆い、栄光の都は堕ち、命の重荷を耐え忍ぶ者たちのみが時の流れに残らん。」これを聞いた者は居らず、ただ忘却の彼方に消え去りしものと信ぜられていた。
だが、運命の日は逃れることなく、月の光が冥き赤き色に姿を変える夜、異変は始まる。人々は見かけない病に侵され、日に日にその様相を変じていった。初めは微かな熱と疲労感、やがては目に見える発疹や痛みを伴い、人を化け物へと替え続けた。
町の片隅に隠れし神殿には、古より守り続けられた一族の者が住居していた。預言を知る彼らは、ただその恐るべき時を待つのみであり、時至れば再び民を導く務めを果たさんとしておりた。されども、すでに人々の心は恐怖に染まりて、彼らを救いの主として迎えるには遅きに失せた。
地は裂け、天は暗く、人々はそれぞれに己の行く末を定めねばならなかった。その中に、一握りの者が己をも取り巻く恐ろしき現実に抗う術を編み出す。彼らは、寡黙なるリーダーを中心に集まり、古より伝う知識を辿りながらその災厄を乗り越えようと試みる。
彼らの指導者はアベルと名乗り、その名は古の物語に重なる重さをもっていた。アベルは荒野にて声を聞き、一度荒廃ししこの地に、新しき命吹き込むべしと告げられた者である。彼らは廃墟となりし神殿に再び灯をともすべく、闇を恐れずに進む。
然し、病に倒れし者たちが再び理を持たぬ者として立ち上がる現実に、彼らの心は絶望の淵に立たされる。かつての友、隣人であった彼らが、もはや死にし者の姿を保たぬとはいえ、誠に厳しい姿であった。行きつ戻りつの果てしなき逃走劇の後、膨大なる悲しみと共に、その存在を否定せざるを得ない瞬間がやって来る事を、彼らは薄々覚悟していた。
そして、彼らは畏怖すべき究極の救いが唯一つのみ存在することに気付く。それは過去の書の中にある答え、すなわち、古より刻まれし石板に記されし知恵の断片であった。「山の奥に取り残されし黄泉の鍵と呼ばれる物を探し求め、そこに栄光の火を灯せ。さすれば命と死の契約は再び改められ、終わりなる時は遠のかん。」
アベル率いる一団は、天に神を仰ぎつつ進み続け、やがてその目的の地、遥かなる山々にたどり着きたり。黄泉の鍵とは光なき地下に秘められし神秘の遺物であり、その力を醒ますには天より光を奪い戻すしかなかった。
困難なる旅路を経て、彼らは遂にその鍵を手に入れる。然れども、鍵を守りし者たちが既にその力に取り込まれしことに気付かぬはずもなく、守護者たる彼らの苦しき叫びに共鳴しつつ、アベルとその同胞は試練の行進を続ける。
何度も心の折れる瞬間が訪れるが、彼らの内に秘められし決意はその度に新たなる強さをもって彼らを支える。希望の光なき時代にあって、彼らが目指す終点は未だ霧の中に佇むが、その手は天に差し伸べられ、最終なる奇跡に切に三珂を委ねんとす。
そしてついに至る時が来たり。天さらに高きところに、今一度赤き月が姿を現わし、悪夢は再び訪れんとし、その逆巻く運命の流れを感じながら、全てを見通すひとみでアベルは空を仰ぐ。何かが変わらねばならぬ、その破滅的なる運命を覆すために、彼らはひとつの賭けに出た。
その姿を未来に偽らず、彼らはもはや恐れることは無かった。本当の脅威は闇と疑念の中にこそ潜むことを悟り、アベルとその仲間は最後の鍵を空に放つ。その瞬間、天地を揺るがす焔が立ち現れ、新たなる夜明けが開く。預言から解放されたこの世に在りながら、彼らは新しき歴史の夜明けを迎えんとせる。
だが終焉は再び静かに訪れることだろう。あの月が赤き輝きを戻す時まで。全ては循環し続ける命の輪のはるか彼方、遥かなる未来に於いて。何時の日か、また新たな預言が人々の耳に届くやもしれぬが、その時に生き残る者たちは、今宵の伝説を語り継ぐであろう。影と光が交差するその瞬間まで、終わりなき運命の螺旋は、決して留まることの無い、夜の中に在るべきであることを。