深夜、遠くから聞こえる猫の叫び声に目を覚ますと、窓の外には鋭い月光だけが存在していた。微かな風が木々を揺らし、不気味な影を壁に落としている。時計の針は午前二時を指していた。目を細め、続く闇を見つめる。どこかで犬が吠え、誰かの靴音が通りを駆け抜ける音がした。
この町は昔から恐ろしい噂で満ちている。夜な夜な人々が姿を消し、発見されることなく、ただ街の記憶に霧のように消えていく。そんな話は迷信だと笑い飛ばしていたが、最近の一連の失踪事件はやはり頭をよぎる。
そんな中、ある日、彼女が家に帰る途中、公園の片隅で何かが光っていることに気づいた。電灯が消えかけている公園のベンチには、張り巡らされた古びた金網のように、何かが絡みついているのが見えた。好奇心から近づいてみると、それが何かの動物の骨格であることに気づく。頭蓋骨には奇妙な裂傷跡があり、それを見た彼女の心臓は冷たくなった。
その夜、彼女は夢を見た。夢の中で、彼女は暗い森の中を歩いていた。木々は生き物のようにざわめき、道はまるで意地悪な生物の喉元のようにうねっていた。彼女が立ち止まると、どこからか子供の声が聞こえた。「こっちだよ、早く。」無邪気な声だが、その響きには何か異常があった。まるで嘲笑うかのような言葉の裏には、見えない刃のような鋭さが隠れている。彼女は声を追って暗闇を進んだ。やがて、目の前には荒れ果てた小屋が現れた。古びた木材と鉄の錆びた扉からは、不気味な冷気が漂っている。
扉を押し開けると、彼女の心臓は跳ね上がった。そこには異様な光景が広がっていたからだ。大小様々なサイズの檻が部屋中に並べられ、その中には動物のものと思われる骨が無造作に積み上げられていた。檻の間を縫うようにして、この世のものとも思えないほど異様な香りが漂っていた。
ふと後ろに人の気配を感じ、振り向くと、そこに立っていたのは風変わりな身なりをした男だった。彼の目はまるで底なしの井戸を覗くような不気味さがあり、牢獄の中の魂のようだった。彼はにやりと笑うと、手に持った斧を振り上げ、静かに言った。「おいで、終わりが始まる。」
彼女は悲鳴をあげて目を覚ました。冷たい汗が彼女の額を流れ、心は激しく波打った。すべて夢だったという安堵と、この町に潜む何か知られざる恐怖の予感が奇妙に混ざり合った。彼女はその影を拭い去れないまま翌日を迎えた。
次の日の夕刻、彼女は再び公園を訪れることにした。夕陽が地平線に沈む間際、その赤い光がふもとを染め、普段は無害な公園の風景を血に染めたかのように見せていた。彼女が立ち止まり、周囲の音に耳を澄ますと、遠くで何かが粉々に砕かれる音がした。意を決して音のする方向に足を向けた。驚くことに、その音は昨晩彼女が夢で見た小屋から響いていた。
彼女はすぐに気づく。これは偶然ではないのだと。これは彼女だけに与えられた何かの使命なのか。彼女は小屋に近づき、怯える自分を奮い立たせながら扉を再び開けた。中に広がる光景は夢で見たものと同じだった。ただ一つ違うのは、部屋の中央に何かの儀式の痕跡があったことだった。焦げた木材の痕、破れた布、そして中央に横たわる人間のような物体。夢の中で見た男の姿などない。ただ、視線の向こうには微かに動く影があるだけだった。
彼女はその瞬間、自分が何を探しているのかを悟った。それはこの町の狂気、その精神のただ中にいる者の存在だ。彼女がその影を追おうと前を踏み出した瞬間、背後でバタンと音がし、小屋の扉が閉じた。
閉じこめられた闇の中、何者かの気配がすぐ近くで蠢いていることを彼女は感じ取った。冷たい空気が頬を撫で、どこからともなく漂ってくる異臭が鼻をついた。その瞬間、目の前に浮かび上がったのは、あの夢の中で見た男の顔だった。焦げた布と土埃に覆われた姿が目の前に現れ、無言のまま斧を振り上げた。
彼女は振り逃れようともがくが、何か見えない力に縛られているかのように動けない。「ようこそ、この世の終わりへ」と、男は冷たい声でささやく。その瞬間、何かが彼女に覆いかぶさり、その重みが彼女を押し倒した。
外では誰かが文字を書き記すような音が響く。彼女は耳を澄ます。
その後、彼女がその部屋から出てくることはなかった。翌日、公園を訪れた人々は、何かが変わったと口々に言ったが、その詳細を語る者は一人もいなかった。ただ、どこかのベンチに古びた斧が一丁、まるで忘れ物のように置かれていたという。
彼女の存在は町の噂に溶け込み、時が経つにつれ、人々の記憶から忘れ去られていった。けれども彼女が夜な夜な現れるという話は、今でもどこかで小さく囁かれている。彼女が何を探し求めていたのか、その答えを知る者はいない。ただ、彼女が見たものと、その後に何があったのかを知る者が一人だけいる。それは、あの夢の中の男と、その狂気が作り出した世界だけが知っている秘密である。