故郷での異界体験

違和感

私は、季節が秋へと移り変わるある日の午後、久しぶりに故郷の小さな村へと足を運んだ。懐かしい田畑の匂い、木々のざわめき、何も変わらないはずの景色は、しかしどこか微妙に異質な感覚を伴って私を迎えた。

村に流れる川のせせらぎに耳を澄ませながら、子供の頃に遊んだ小径を辿っていると、どこからか風に乗って聞こえてくる声があった。寂れた神社の鈴の音のようでもあり、また遠い過去の記憶の欠片が呼応するようにも思えた。

道を進むごとに、ふとした違和感が増幅していった。光の加減か、周囲の風景が奇妙にぼやけ、まるで古いフィルムを見ているような感覚を覚える。田の脇を過ぎて山裾に差し掛かると、その感覚は頂点に達した。

村にある唯一の小学校は、私が子供の頃から変わらずそこに建っていた。だが何か違う。校舎に近づくと、色褪せた壁や傾きかけた屋根が現実感を欠いている。窓のガラスに映る自分の姿はひどく歪んで見えた。説明のつかない不安が胸に込み上げてきたが、理由を見つけられず、ただ陰鬱な空気に飲み込まれるだけだった。

学校の裏庭に回ると、そこには校舎を見つめる老婦人が立っていた。昔から村に暮らすという話を聞いたことがあるが、どこか浮世離れした容姿だった。彼女の視線に気づき、声をかけようとしたそのとき、彼女はひどくゆっくりとした動きで振り返り、私の目をじっと見つめた。

驚くべきことに、彼女の眼差しは何かを訴えているようであり、同時に全く何も見ていないようでもあった。気味の悪さが背筋を這い上がり、私はふと回れ右をして歩き去った。振り返ると、彼女は再び校舎に視線を戻していた。

帰り際、夕闇が迫り、村の全体が薄い靄のようなものに包まれていく中、私の耳をふと、神社の方向から聞き覚えのある鈴の音が捉えた。子供の頃には気にも留めなかった祭りの一環の音色かもしれなかったが、今となっては異界の音のようにしか聞こえなかった。

その夜、村に滞在している叔父の家で寝ていると、一層の不快感が全身を包んで離さなかった。夢うつつの中で、昼間見かけた老婦人が私のすぐ枕元に立っているのを見たような気がした。彼女の姿はぼんやりとした影のようで、口元には微笑が浮かんでいた。

急に背中に冷や汗が流れ、私は飛び起きた。騒音で目を覚ました叔父が心配そうに駆けつけ、何があったのかと聞いてきたが、言葉が喉の奥で詰まって出てこなかった。ただ何かが大きく間違っているように感じられ、私は全身が小刻みに震えるのを止められなかった。

結局、その晩はろくに眠れぬまま夜が明けた。村の朝はいつも通り平穏で、私の恐ろしい体験は、まるで現実感の失せた悪夢のごとく霧散していった。とはいえ、その場を去る決断はすぐにした。村の風景が昼間と変わらぬ平穏を装っていることが逆に居たたまれなかった。

叔父に別れを告げ、帰路に着くための準備を整えていると、ひとつだけ確認したいことがあった。それは、村の外れにあるという伝説の神社の存在が実際にあるのかどうかだった。そこには、何度も祭りの夜に不思議な現象が起こるという言い伝えがある。

行ってみると、神社のたたずむ様子は特筆すべきものではなかったが、やはり何か奇妙な感覚が漂っていた。賽銭箱の前に立って手を合わせようとすると、突然、背後から聞こえてきた声に心臓が凍りついた。それは、まるで風が人の声の形をとったかのような、囁くような調子で。

即座に振り向いたが、そこには何もなかった。ただ、風に揺れる樹々の音があるだけ。しかし、その音は絶えず何かを語り続けているように聞こえた。それは、私がこの村にいるべきではないという警告とでもいうべきものに思えた。

私はその場を後にし、村を出るための道を駆け足で進んだ。背後で、再びあの重苦しい鈴の音が霞みながら響いているのが聞えた。それは、私がここに来るべきでなかったという、静かだが確かな証のようであり、故郷であるはずのこの地から離れなければならないという結論を何度も反芻した。

村を去る最後の瞬間、まるでそこにいたストレンジャーたちがみな見送ってくれるかのような、ひんやりとした空気が辺りを満たした。彼らはなぜここにいるのか、そしてなぜ私にはその違和感が常につきまとったのか、理解することは結局できなかった。

自分の心の中で諦めきれない一抹の疑問を抱えつつ、私は今日も静かにこの地を二度と戻らぬ場所として封印することにした。

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