ある夜、匿名掲示板の「怪談部屋」に一つのスレッドが立ち上がった。スレッドのタイトルは「奇妙な体験をしている。これって幽霊の仕業?」。投稿者の名は「名無しの旅人」。何か不穏なことが起こっているようだった。
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初めまして。最近、どうにも変なことが立て続けに起きているんです。誰に相談していいかわからず、ここに投稿することにしました。僕は、他の人から見たらただの普通の会社員。でも、ひとつ特殊な趣味があります。それは、週末になると田舎の古民家や廃墟を訪れること。廃墟巡りがいわゆる僕のストレス解消法なんです。それが原因だったのかもしれない、と今は思っています。
それは先月の終わり頃だった。噂を聞きつけて、地方にある古びた村の廃墟に足を運んだんです。その村は、山奥で周囲を覆うように広がる杉林の影に隠され、誰も訪れたことがないような静寂に包まれていました。村にはいくつかの朽ち果てた建物が点在していて、特に目を引いたのが小さい神社。入口には「御霊神社」と彫られた木製の看板がかすかに残っていました。
神社はおそらく、村がまだ活気に満ちていた時代には、重要な集会場所だったのでしょう。しかし、今は放置され、木々に侵食されていました。崩れかけた鳥居をくぐり、苔むした石段を上がっていくと、庭に無数の石碑が立ち並ぶ不思議な光景が広がっていました。歳月に削られ、碑文はほとんど判読不能。無名の供養塔だったのでしょうか。
そこで僕は、不思議なものを見つけたんです。石碑の一つだけが、なぜか綺麗な状態で、それだけが黒々とした石で出来ていた。刻まれた文字は比較的新しかったのか、かろうじて読むことができました。
「ここに眠る。再び目覚めぬように。」
何か奇妙なものを見たような気がして、その時は特に深く考えずに、写真だけ撮って帰りました。しかし、家に帰ってから、それは始まったんです。
まず、写真を確認しようとしたらデータが壊れていることに気付きました。何も写っていない真っ暗な写真がいくつも並んでいるだけ。わずかに、石碑を撮った写真だけがわずかに形をとどめていましたが、それも不鮮明で、不気味な影が写真いっぱいに漂っているように見えました。
それからです。毎晩、同じ夢を見るようになりました。夢の中で、僕はあの神社に立ち、無数の黒猫が僕の周りを取り囲んでいる。猫は一斉に僕を見つめ、目を逸らさない。次第に数が増えていき、僕の脚に、腕に纏わりつく。動けなくなり、逃げられなくなる。
夢から醒めるたびに冷や汗で寝間着はびっしょり。夜が怖くなり、眠れない日々が続きました。それだけじゃない。日常生活にも異変が生じ始めたんです。
会社の同僚が言うには、話しかけても僕は上の空だと言うんです。記憶にないことを話しているって。でも、僕にはそれを自覚することができない。同僚たちがどんどん僕を不気味がり始めて、孤立し始めました。
ついに、ある日の取引先で、僕が「あなた達にはもうすぐ終わりが来る」と意味不明なことを口走ったと聞かされ、住所不明の怪文書も送りつけたと。完全に疑われています。でも、全く身に覚えがありません。帰宅すると、僕のパソコンには見覚えのないファイルが増えていることにも気づきました。何度削除しても次の日には元に戻っている、そのファイル名は不気味に心を締め付けます。
「御霊が来る。」
正直なところ、精神的に限界に近いです。誰かこの出来事に心当たりのある方、助けてください。神社で何かタブーを犯してしまったのでしょうか。それとも、何か古い力が僕を呪っているのでしょうか。
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スレッドにはすぐに多くのレスが付き始めた。
【レス1:不安な人】
「やばすぎる…。その神社、マジで何かあるのかも。専門の人に見てもらった方がいい。」
【レス2:霊感あり】
「それ、たぶん本物だと思う。御霊神社って名前が付いてる時点でやばいから。何か封印されてるか、強く願いが込められた場所だったのかも。」
【レス3:心霊博士】
「御霊ってのは、元々怨霊や未浄化の魂のことを指す。多分、あんたが何かを目覚めさせたのかもしれない。早急に神社か誰かに相談した方がいい。時間が経つほど危険だ。」
スレッドは一晩中、様々な憶測に彩られたコメントで盛り上がり、解決策を提示する者もいれば、全くのデタラメだと一蹴する者もいた。そしてその夜、投稿者は最後のレスを残した。
【レス87:名無しの旅人】
「アドバイスありがとう。今、神社に戻って確認してきた。あまりにも不気味で、風が一切吹かない。不気味な静けさの中で、またあの碑文を見てとんでもないものに気づいた。新しい名前、僕の名前が追加されていた。急いで逃げ出して今帰宅したばかりだけど、息苦しい。このままじゃ本当にまずいかもしれない。」
それ以降、そのスレッドに名無しの旅人が現れることはなかった…。
それでも、スレッドは続き、後に何人かのユーザーが、同じ神社を訪れたが全く見つけられなかったという報告をした。どうやら、スレ主が言っていたことは、本当にこの世のものではなかったようだ。斯くして、この怪談もまた、ネットの海に埋もれていく。証拠も何もない、ただの怪談として…。