影野村の謎と影の祭り

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灯りの乏しい山間の村、その静寂を破ることは鳥のさえずりさえも許されなかった。村の名は「影野村」、現在でこそ地図に載ることはないが、かつては賑やかであったという。しかし今では、時間に取り残されたようにその姿をひっそりと沈めていた。

麓から村へと続く道、そこには一人の男がいた。彼の名は高橋介、都会の研究者であり、この村に伝わる古い風習を調査するためにやってきた。村に足を踏み入れると、住人たちの目が鋭く彼を見つめた。その視線には、外部の者を拒む何かしらの感情が込められているようだった。

宿を探す彼の前に現れたのは、村の長老である野田という老人だった。野田は無言で彼を案内し、古びた家に連れて行った。「ここがあなたの宿だ、好きに使ってくれ」と野田は低く言い、踵を返した。家の中は埃臭く、長い年月人の手が入っていないことを物語っていた。

夜が訪れると、村は一層の静けさを増す。彼は机に向かい、持参した古文献を広げた。この村には「影の祭り」と呼ばれる儀式が存在し、1年に一度、その影が最も濃くなる時期に行われるという。だが、詳しい記録はどこにも見当たらず、ただ「祭りを見た者は戻らない」という言い伝えだけが記されていた。

一方、村人たちは昼間の穏やかさとは裏腹に、夜になるとまるで何かに怯えているようだった。何人かの村人は、村の外れにある古い社に向かうのを高橋は見た。しかし彼が声をかけると、皆一様に顔を背け、何も語らなかった。

ある晩、高橋は奇妙な夢を見た。どこまでも続く黒い影、その中で踊る数多の人影。突然、一人の老人が彼の顔を覗き込む。「お前、この村に来るべきではなかった。」目覚めると、冷たい汗が額を伝っていた。

次の日、彼は村の西端にあるその古い社を訪れた。社は苔むしており、長い年月、人が訪れていないことが窺えた。しかし、足元には鮮やかな供物の跡があった。不審に思い、調査を続けることを決意する。村に戻ると、老婦人が彼に話しかけてきた。「夜道は歩かないほうがいい。あの影があなたを連れていってしまうから。」

夜、再び村を歩く高橋の耳に、すすり泣くような声が聞こえてきた。声に引かれるように進んでいくと、古い民家の前に立っていた。家の中から漏れる微かな光と、その光が作り出す影が、人々の形に見えた。高橋は窓からそっと中を覗き込んだ。

部屋の中央に、先日夢で見た老人が立っていた。彼は何かを呟きながら、祭壇にある何かを崇めているようだった。突然、老人の動きが止まり、ぎこちなく高橋の方を振り向いた。その目は漆黒の闇であり、彼の背筋を凍らせた。

高橋は急いでその場を離れ、自分の宿に戻ると、扉を閉め、窓に鍵をしっかりとかけた。ふと背後を振り返ると、壁に映る自身の影がひどく揺れていることに気づく。そしてその影は、次第に人の形を取り始めた。影が影を呼び寄せ、部屋の中に侵食してくる。その瞬間、部屋は闇に包まれた。

再び目を開けると、彼は影の群の中にいた。人々は無表情でただ踊り続け、その顔はどこか虚ろだった。その中で、高橋はまたもあの老人と目が合った。

「我々は影、本当の姿を持たぬ者たち。お前も影になるのだ。」

高橋は恐怖に駆られ、もがきながらその腕から逃れようとした。すると、辺りの影たちが一斉に彼を包み込み、彼の叫びは影に吸い込まれて消えた。

翌朝、村から人影が一つ消えたことに気づく者はいなかった。ただ、影野村はいつも通り沈黙の中、静かに時を過ごしていた。そして次第に風の噂となり、「影の祭りを見た者は戻らない」という言い伝えだけが、より深い闇を帯び始めた。

遥か都会の喧騒とは別の場所で、高橋の失踪は誰にも知られることなく、ただ村の影だけがその秘密を囁く。それは、幾度も繰り返されてきた物語の一幕に過ぎなかった。この村で紡がれる影の物語は、静かに、しかし確実に、人々の心の中に広がり続けるのだった。

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