影を手放したリナの決断

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むかしむかし、ある静かな村に、リナという元気いっぱいの女の子が住んでいました。リナは明るくて、村の人たちみんなに愛されていました。でも、その村には一つの奇妙な決まり事がありました。夜、鐘がなると、誰も外に出てはいけないのです。村の真ん中に立つ古い鐘は、一度鳴りだすとどんなに陰気な夜でも、村中にその音が響き渡ります。その音が終わるまで、村人は皆、家の中でじっと静かに過ごすのです。

ある日のこと、リナは親友のティオと一緒に村の外れまで冒険に行きました。二人は夢中になって遊び、辺りが暗くなるまでの時間を楽しんでいました。遊び疲れて、リナはふっと耳を澄ませました。「ティオ、鐘が鳴ったら大変だよ!早く戻らなきゃ!」

「大丈夫だよ、まだそんなに暗くなってないから」ティオは笑って応えました。けれど、その時、聞こえてきたのです。村の鐘が、遠くから凛とした音を響かせ始めました。

リナは慌てて立ち上がり、ティオの手を引っ張りました。「急いで!鐘が鳴ってる!」二人は草原を全速力で駆け抜け、村の方角を目指しました。

ところが、村へ戻る小道の途中、二人は何か不思議なものに出くわしました。足元には、古びた白い布が風に揺れているのが見えました。「こんなの、今までここにあったかな?」リナが不思議そうに言いました。

「たぶん、誰かが落としたんだよ」ティオはそう言って布に手を伸ばしました。けれど、布をつかむその瞬間、ティオの手がすうっと消えていったのです。

「ティオ!」リナは叫びました。「どこに行ったの?」

すると、辺り一面に静かなる声が響き渡りました。「一つ、二つ、三つ…夜の時を数えよ。待つのは誰か、知りたくば、影に聞くがよい。」

それはまるで風が囁くように、澄んだ冷たい声でした。リナは恐ろしくて振り向きましたが、周りには誰もいませんでした。震える足で立ちすくむリナに、再び声が囁きます。「ここにいるよ。君の影の中に。」

リナは自分の後ろに目を移しました。しかし、彼女の影はいつもの場所にあったはずなのに、今は見当たりませんでした。まるで、生きているように動いていたのです。

恐怖に打ち震えながらも、リナは勇気を振り絞りました。「ティオを返して。彼はどこ?」

影はほっとため息をついたようでした。「彼はここにいる、でも自分の形を失くしてしまったんだよ。彼はもう、自分自身では無くなっている。」

「それじゃ、どうしたら…?」リナはどうするべきかわからず立ち尽くしていました。影はゆっくりと彼女の周りを歩き始めました。「待つのはもうすぐだ、お前が望めば、その友を返してやろう。だが、代わりに影になる覚悟がいる。」

リナはその意味がすぐには理解できませんでしたが、苦渋の決断を知ることとなりました。彼女は覚悟を決めて、静かに言いました。「じゃあ、私の影を一度手放す。それで彼を返して!」

影は静かになり、鐘の音がより一層大きく響き渡りました。その時、影がすうっと地面に沈み込み、代わりにティオの姿が浮かび上がってきました。彼は驚いた顔でリナを見つめていました。「リナ、何をしたんだ?影が…」

「あなたを連れ戻すために、私の影を渡したの」とつぶやくリナ。彼女の声には、決意と少しの悲しみが込められていました。

そして、その瞬間、鐘の音が止まり、夜の静けさが村に戻ってきました。しかし、リナの足元にあった影は、もう二度と戻ってくることはありませんでした。彼女はそれ以来、影の無い子供として村で暮らすようになりました。

それからというもの、リナは村の子供たちに自分の話をするたびに、優しい笑顔でこう言うのです。「大切なものを失ってはいけない。そして、何かを取り戻すためには、何かを失う覚悟が必要なのよ。」そう言っても、彼らには真意が理解できないのでした。

村人たちは、リナの影が再び現れることを決して望まないという噂をしました。影がどうなったのか、誰も知ることはありませんでした。そしてその夜、村の森で静かにさざめく風の中に消えていくリナの影を見たという者は、誰一人帰ってくることがなかったのです。村に伝わる古い言い伝えとして、一度手放した影は、その永遠の闇の中で淡く輝く月に狩られていくと言います。

リナにとっては、もう二度と戻らぬ影。しかし、彼女は少しも後悔していませんでした。それが友のためにできる、最も大きな愛の形だったからです。

それではまたひとつ、お話が閉じるときがきました。夜になると鐘の音を聞き、影の持つ物語に耳を傾けるのです。月の明かりを受けた影たちは、今もどこかで静かにその物語を紡いでいることでしょう。おしまい。

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