常闇の帳ふけりぬ、疫病の影潜むる世の中に、夭逝(ようせい)の魂甦りて、病む人々狂乱の舞踏に誘われんとす。時の渡りに、古き御守(みまもり)破れし時、災禍の門開かれぬ。
彼の日、村々にては、非なる者の叫喚(きょうかん)こだましき。人は誰がれも涙流して、厭(いと)わず関わりを絶たんとす。されど、逃げる先も無かりければ、呪われし疫(やく)、押し流れん。疫病なるは目に見えず、されどその手、触れねば止まらぬ。
古の書物には曰(いわ)く、この世に在るべからざる者、還らざる者の影響にて、魂の彷徨いし者ら、またもこの地を歩まんとす。されどその歩みは、生きる者の如く、されどその心は既に死せるもの。奇怪な姿にて現れ、その声響かせざるも、耳に聞こえぬ者なり。
眞(まこと)か否か、それを問うは愚作なり。村々にては、意(こころ)狂わされし者、影に囚われし者ら、互いに牙を剥く如くに。親しき者、知る者、皆同じく襲い掛かる。人の命を飲み干し、またその体を潰さぬ。
かの夜、特に黒き月の下にて、異形の宴は止むこと無く、踊る者、狂う者、皆、影の手に導かれゆかん。彷徨う亡者は目を持たぬ。されど、見る者無くても、意(こころ)の欲する手、絶え間無く伸びて来(きた)りぬ。
逃れるは、北風切らむとす意気にて走り抜けるが如し。その先は、分からずとも良い。生きることこそが第一なり。進むも退くも死の道、されど恐れの中にて、一筋の光見えたる時、何たる喜びか。
古の伝えに曰く、疫病はただの影に非ず。生と死の狭間にて、心の深く潜むもの、拒絶すること叶わぬ。されど、その闇を抱きしめる時、追い出されし魂は、静寂の中に安息を得べし。
歩を進めるは至難なり。影は常に背後にあり、逃れる者の名を呼び、戻れと囁くなり。それに耳傾けずとも、心は弱き故、幾人(いくにん)かは既に引き返しぬ。勇気無くして、この夜を越ゆること能わじ。
村々の者、互いに疑心を抱きつ、共に窮地を潜り抜けんとす。手を取り合うことも無しに、ただ独り、影に囚われること無きを願いぬつ。何人の希望か知れず、影の消える時を待ちて、夜の帳を閉じん。
常世の夜、影の宴は止まらず。ただ影に打ち勝たんとする者のみぞ、光見ゆるべし。疫病の叫喚もまた、いつぞ消えゆくか、誰も知らざるものなり。生きることぞ難き世の中に、恐れの旅路を越え、魂の旅は絶えること無かりけり。
彼岸の門、古えの儀式にて封せられしは彼方のこと。今またこの地に、彷徨える魂、逢魔(あうま)の時を待ちて目覚めん。常夜の帳、開かれしらば朽ちぬ夢の終わりは近きか。されど、何人もその時に立ち会うことは無かりし。影の宴より目覚める朝日は、どんな色をもたらすか、人知れず。
かの者ら、その意の欲するままに影の中へと舞い戻り、常しえの夜を歩まんとす。行く先に何を見るか、それもまた影の知るところ。人の形を借りし魂、果て無く続く夢の中にて、安堵を求めつつ。
果たして、救いは彼方にありや、或いは、この影の地にて、人知れず眠る時を得べし。それもまた、知る者無き世にて、ただ影の囁きのみぞ、聞ゆれば、またも夜の帳は降り来たるか。勇者、闇を恐れずしてその先を歩むべし、されど、影の誘いに囚われぬこと、願わるるかな。