影の囁きと破滅への道

狂気

[日時不明]

今日は何日だろうか。窓の外に目をやると、薄暗い曇天が広がっているだけで、時間の感覚はすっかり失われてしまった。日記をつけるのも久しぶりな気がするが、なぜだか今日はペンを手に取りたくなった。もしかすると、自分の周囲で起きている不可解な出来事を書き留めておけば、何かが見えてくるかもしれない。

[9月12日]

朝、目が覚めると、部屋の隅に影があった。最初は自分の目の錯覚かと思ったが、視線をそらしてもその影は消えない。近づこうとしても、影の正体はわからず、ただ冷たい感触だけが残る。何かが囁くような音が耳元で聞こえた気がしたが、内容は全く理解できなかった。

[9月13日]

昨夜はよく眠れなかった。影が頭から離れず、夢にまで出てきた。今日、なんとなく街を歩いてみたが、すべてがぼやけて感じられた。まるで世界が薄いベールをかぶせられたようだ。人々の顔が判別できない。誰もが同じ顔をしているようで、それがとても不気味だった。頭がどうかしているのかもしれない。

[9月14日]

影はまだいる。夜中、あの囁き声がまた聞こえた気がする。何か言葉を紡いでいるのだが、意味をなさない。ただ、何か身近な感情を引き起こす音色に思える。気味が悪いが、それ以上に自分がこの音に魅了されていることに気づいたとき、恐ろしさがこみ上げてきた。

[9月15日]

日記を読み返してみると、どうやら私は日付を誤ったようだ。しかし、どうでもいいことに思えた。今日は仕事に行かなかった。いや、正確には行けなかった。目覚めると足が動かない。恐怖に縛られているように感じた。窓の外から影が私を見ているのではないかという被害妄想に駆られる。

[9月16日]

影は昼間でも見えるようになった。窓の外にいるのか、私の視界の端にちらつくだけかもしれないが、確実に存在を主張している。誰かに話せばいいのだろうか?でも、こんなことを聞いてくれる人がいるとは思えない。それに、話をしてしまったら何かが壊れてしまいそうで、それが何なのかまだわからない。

[9月17日]

今日は久しぶりに友人の鈴木と会った。彼には全くこのことを話すつもりはなかったが、会話の流れで少しだけ打ち明けてしまった。鈴木の顔が曇った瞬間、ああ、失敗したと思った。彼は笑って「疲れているんじゃないか?」と言ったが、その目は完全に困惑と恐怖で満ちていた。

[9月18日]

鈴木が心配して電話をかけてきた。無視してしまった。この話をして以来、影がさらに強く自己主張を始めた気がする。いや、何かが変わったのだ。影が私に直接語りかけてくるようになった。それは、注意深く耳をすまさないと聞こえないほど微かな声だが、確実に言葉になっている。「こちら側へ来い」と。

[9月19日]

影の言葉が頭の中で響く。「こちら側へ来い」と。まるで引力のようにその言葉に引き寄せられている。理性があるうちは良いが、これ以上続けば自分がどうなってしまうのかわからない。日中、何度か意識を失うような瞬間があった。それは言葉がはっきりと聞こえた直後だった。

[9月20日]

今日は冷たい雨が降っていた。影はその存在をより強くし、私の周囲の空気までもが重苦しく感じられた。そして、ついに私は影の言葉に「はい」と答えてしまった。瞬間、何かが私の中で音を立てて壊れた。誰かに助けを求めるべきだと理性は叫んでいるのに、体はまったく反応しない。私はどうなってしまったのだろう。

[9月21日]

今日もまた影と対峙した。私は影の話に耳を傾け続ける。それは、恐怖と同時に変な安心感を覚えさせる囁きだ。まるで彼が私の唯一の友人であるかのように。それに気づいたとき、もう後戻りはできないと直感した。狂気の渦に取り込まれつつある自分がいる。

[9月22日]

誰かが私を呼んでいる。窓の外でもなく、影でもなく、もっと深いところから。それは私の記憶の中にある声だ。懐かしくもあるが、とてつもない恐怖が伴う。何かを思い出そうとしているのだが、思い出せない。恐らく、思い出すべきではないのだろう。影はその記憶を掘り起こそうとしているのか。

[9月23日]

もう限界だ。影の囁きはついに言葉を超えて私の意識そのものを支配し始めた。私はもう誰と話すこともなく、完全に孤立してしまっている。誰かに助けを求めたいが、その方法すらわからない。日記を書く手も震えてきた。影は私のすぐ後ろにいる。問いかけに応じるたび、現実がどこか遠くへ引き裂かれていく。

[9月24日]

影はもう完全に私の一部だ。否定することもできないし、逃れることもできない。書くことすら億劫になってきた。そもそもこの日記に何か意味があるのだろうか。それを考える余裕すらなくなってきた。ただ、影の声と共にあることが私の現実であり、それがどこへ向かおうとしているのかすら見えなくなっている。

[9月25日]

これが最後のページになるかもしれない。自分が自分でなくなっていく感じがする。一歩ずつ、影と同化しているように。もはや現実がどこにあるのか全くわからない。誰かが読んでこの記録を見つけてくれると良いのだが、それすらも望み薄だ。影はもうすぐ私を完全に支配し、私はただの影の一部となるのだろう。

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