廃屋に囚われた少女の思い

幽霊

古びた村の端、もう何年も人の訪れを拒むように閉ざされた廃屋があった。その家は古ぼけた木々に囲まれ、苔むした屋根が沈黙の中で呼吸をしているようだった。ひとたび足を踏み入れれば、そこに横たわる過去と対峙せざるを得ないという不吉な噂が、村人たちの間で囁かれていた。

ある晩、嵐がその地を襲い、空からの猛威が家々を揺るがしていた。家の中にいれば安全だと信じていたものの、その廃屋に近づく者は未だ誰一人いなかった。住む者のいない取り残された廃屋の窓から、誰にも目撃されることのない光が微かに漏れていた。その家にはかつて、一人の少女が家族と共に暮らしていたという。彼女の名は志乃、穏やかで心優しい少女だった。

しかし、幸福な日々は長くは続かなかった。ある夏の日、志乃の家族は皆、不可解な疫病に倒れてしまった。ただ一人残された彼女は、家族を失った悲しみと絶望に打ちひしがれ、家に閉じこもってしまった。村人たちは、志乃を助けようと何度も声をかけたが、彼女は一切返事をしなかったという。そして、ある日を境に、志乃が姿を消した。村人たちは、その声のしない家を不吉と恐れ、彼女を忘れ去ったのである。

時を経て、その廃屋は誰も近寄らない場所として村の一部となっていた。しかし、その日の嵐の晩、忽然と村に現れた若者、ナオキがその廃屋を訪れることになった。ナオキは久しぶりに村を訪れたという。彼の母親が村の出身で、毎年祖母の墓参りに訪れるのが通例だったのだが、その年は母を失って初めて一人で訪れたのだった。

彼は祖母の墓前で長らく手を合わせ、心の中で静かに母のことを話した。すると、村を取り巻く静寂の中に、ぽつりとした孤独が堪え難く押し寄せてきた。その時だった、ふと視線を感じて目を上げると、突風を伴う嵐が彼の背後から押し寄せた。突如、思いもかけずその廃屋に惹かれるように足が進んでしまった。

廃屋の中は空気そのものが重苦しく、寒気が首筋を撫でる。朽ち果てた壁には、かつての住人の生活の痕跡が残されている。家具は埃にまみれ、窓はひび割れ、薄暗い光が隙間から漏れ出していた。ナオキはその中で、ひときわ目を引く一冊のアルバムを見つけた。それは志乃が大切にしていた家族の写真館だった。

ページをめくるごとに、ナオキの胸の中に込み上げるものがあった。家族全員が微笑みながら並んだ写真、誕生日を祝うための豪華なディナー、そして最終ページには、志乃の一人だけの写真があった。彼女の目には、計り知れない悲しみが刻み込まれていた。それが彼の心に深く突き刺さった。

その時、背後から微かな声が聞こえた。振り返ると、そこには誰の姿もなかった。しかし、確かに耳に残るのは、優しいがどこか切ない声。それはまるで、何かを伝えようとしているようであった。ナオキは恐れる心を抑え、さらに奥へと進んだ。

やがて、足元に冷たい風が巻き込み、肩越しに何かの気配を感じた。目の前には、朽ち曲がった階段が、錆びた叫びをあげながら、彼を招くかのように立ちはだかっていた。躊躇する心に抗うように一歩を踏み出し、彼は静かに階段を登り始めた。

上階にたどり着くと、薄暗い廊下が続いていた。その先には一つだけ扉があり、そこからかすかに光が漏れている。ナオキは無性に惹きつけられるように、扉の先に何があるのかを確かめたくなり、その扉を開けた。

そこは、かつて志乃の部屋だったのだろう。中には彼女の小さなベッドと埃をかぶった人形が、まるでその居住者を待ち続けるかのように鎮座していた。そして、窓際には窓に寄り添うように一人の少女が佇んでいた。それが志乃だと悟った時、ナオキの呼吸は一瞬止まった。

彼女は静かにナオキを見つめ、微笑んでいた。その微笑みには、永遠の別れを惜しむような切なさが滲んでいた。ナオキの心には怖れと同時に、彼女への深い哀れみが染み渡った。彼女は何を伝えたかったのだろう、その思いを理解することが自分の役目だと彼は感じた。

その瞬間、志乃はゆっくりと手を差し出した。彼はその手を取り、彼女の心の奥底に眠る思いの片鱗を感じた。それは家族への愛、取り残された寂しさ、そして再び誰にも愛されることなく消えゆく運命への怨念だった。

志乃は消えた家族への鎮魂を求め、ただこの廃屋に囚われていたのだ。それを理解した時、ナオキは彼女のために合掌した。彼女の魂が安らぎを見つけることを祈り、扉を閉ざした。

彼が廃屋を後にする頃には、嵐は去り、村には穏やかな光が差し込み始めていた。ナオキはその後も何度も祖母の墓を訪れるたびに、志乃のことを思い出し、彼女が安らぎを見つけたことを願って空を見上げた。彼の心には確かな変化が起こっていた。志乃の存在は彼に、過去の痛みに縛られずに生きることの大切さを教えてくれたのだった。

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