僕の名は佐藤だ。決して特別でもなく、どこにでもいる普通の人間だ。僕の体験が少しでも役に立てばと思い、こうして記録することにした。それは数年前のことだ。まだ大学生だった頃、僕は友人の誘いでとある事件の現場である廃屋に足を踏み入れることになった。
その廃屋は、かつては裕福な家庭が暮らしていた大邸宅だった。しかし、ある日を境に、その家族は突然消息を絶った。警察の捜査も空振りに終わり、時間と共に風化していった。都会の片隅にぽつんと取り残されたように、その大邸宅は沈黙を保ち続けた。友人は僕に「試してみよう」と、半ば冗談交じりで言った。僕も特に断る理由がなかったので、彼の好奇心に付き合うことにした。
その日は寒い冬の夜だった。薄暗い街灯に照らされた道を僕たちは歩いた。心の片隅に澱のような不安が広がっていたが、友人の興奮した様子に流されて、気にもとめなかった。
廃屋に到着すると、その家はまるで時が止まったかのように謎めいていた。扉はぎしぎしと音を立て、僕たちはそれをそっと押し開けた。室内は意外にも整然としていて、埃が積もってはいたが、家具はそのままだった。何か異様なものを感じながらも、僕たちは探索を続けた。
しばらく家の中を見て回った後、僕たちは地下室に続く階段を見つけた。友人は先に階段を降りて行ったが、僕はその時、妙な胸騒ぎを感じた。何かが僕たちを待っているような気がしたのだ。しかし、その考えを振り払って、僕も地下室へと続く階段を降りた。
地下室は薄暗く、かすかな臭いが立ち込めていた。友人の懐中電灯が暗闇を切り裂き、僕たちの足元には大量の新聞紙が散らばっていた。それを見た瞬間、僕の背筋に寒気が走った。それらの新聞紙には、廃屋で消えた家族の失踪記事が無数に貼り付けられていた。
息が詰まりそうだった。友人も同様にショックを受けたようで、無言でそこに立ち尽くしていた。突然、地下室の奥から何かの物音が聞こえた。何か重たいものを引きずるような音だ。その瞬間、何かが崩れ落ちる音がして、友人の懐中電灯が壊れた。
暗闇に包まれた僕たちは、恐怖に打ち震えた。誰かがそこで何かをしている、それは明らかだった。僕たちはできるだけ静かに、しかし一刻も早くその場を去ろうと無我夢中で階段を駆け上がった。僕の心臓は今にも破裂しそうだった。
廃屋を出た時、僕たちはお互いに無言のまま道を急いだ。何もなかったように振る舞いたかったが、あの地下室の記憶は僕たちを容易には解放してくれなかった。あの時感じた死の予感は、決して錯覚ではないと確信した。
数日後、僕はあの日の出来事を忘れようとしていた。しかし、再び友人が僕の家を訪ねてきた。彼はかなり憔悴した様子で、「もう一度あそこを調べたい」と言ってきた。僕は嫌な予感を抱きながらも、彼の強い意志に押される形で、再度廃屋を訪れることにした。
再訪した廃屋は以前とは異なり、まるで何かが入り込んでいるような気がした。僕たちは再度、地下室へと続く階段を降りていった。そこで僕たちを待っていたのは、あまりにも非現実的な、しかし否応なくそこにある光景だった。
地下室の中央には数体の人間の遺体が乱雑に横たわっていた。その一人ひとりが目を見開き、苦悶の表情を浮かべながら永遠に囚われているように見えた。僕は友人と共に絶叫した。
その瞬間、廃屋の扉が勢いよく開き、警察が雪崩れ込んできた。僕たちは連行され、取り調べを受けることになった。後に分かったことだが、あの廃屋はとある連続殺人の犯行現場だったのだ。そして僕たちがそれを目撃したその日に、ついに警察の捜査が実を結んだのだった。
取り調べ室で僕は何度も思い返した。あの時の違和感、そして死の予感を。そして気づいた。ただの偶然だったかもしれないが、あの時の異様な感覚は、あながち間違っていなかったのかもしれない。
それ以来、僕は何度もあの夜のことを思い出す。あの廃屋の地下室に横たわる死者たちの顔を。そして、今でも時折、彼らが僕を見つめ返してくるような気がして仕方がない。それが現実なのか、僕の狂った妄想なのか、もう区別がつかない。ただ、あの夜を境に僕の生活は全く変わってしまった。夜、ひとりになると、再びあの地下室に引き込まれるような気がするのだ。
これが僕の体験した恐怖のすべてだ。読者のみなさんには、どうかこの話から何かを感じ取ってほしい。僕はもう二度と、あの日のような恐怖を味わいたくないのだから。