廃墟の鏡に囚われた青春

狂気

高校生の頃、俺はある田舎町に住んでいた。人口が少なく、娯楽もほとんどない場所だったが、それなりに充実した生活を送っていた。そんなある日、同級生の佐藤から「古い屋敷を探検しないか?」と誘われた。何でも、町外れにある廃墟で、昔は名士の住んでいた家だという噂だ。

夏休みのある夜、俺たちは懐中電灯を片手にその屋敷を訪れた。月明かりに照らされ、建物は幽霊が出そうな雰囲気を漂わせていた。無数の窓が、暗闇の中でこちらをじっと見つめているように見える。

佐藤と俺は、壊れた塀をくぐり抜けて浅い庭に入った。庭の雑草は膝まで伸び、足元に絡みついてくる。入り口の扉は鍵がかかっていないようで、わずかな力で開いた。中は埃とカビの匂いで満ちていたが、俺たちは興奮を抑えられず、奥へと進んでいった。

廊下を進むと、床板がギシギシと音を立てる。壁には古びた絵画が掛けられていた。人の肖像画が並んでいるのだが、どれも目が俺を追っているようで、背筋が寒くなった。しかし、佐藤は楽しそうにそれらを指差し、「すごいだろ?」と笑っている。

そうして、俺たちは屋敷の2階へと続く階段を発見した。そこに足を踏み入れた瞬間、何かが違うと感じたのを今でも覚えている。急に息苦しくなり、汗が手に滲み出る。だが、佐藤は気にも留めず、先に進もうとしていた。

2階はさらに暗く、俺たちは懐中電灯の光を頼りに進んだ。一つの部屋の扉が開かれており、佐藤が先に入った。「見てみろよ、これ!」と言う声が聞こえたので、後に続くと、彼は古い日記帳を手に取っていた。それは埃っぽく、一枚一枚が触れるだけで崩れそうだった。

「この日記には、屋敷の元の住人が狂っていった様子が書かれている。何でも、誰もいないはずの部屋から声が聞こえるとか、鏡に知らない誰かが映るとか。最後には、自分が誰なのか分からなくなる、って」と佐藤は説明した。ぞくりとしたが、面白半分の好奇心が勝って、俺も日記を読んでみた。

その時はただの怖い話だと思っていた。それから数日後、俺はあの屋敷を忘れることができず、再び一人で訪れることを決心した。何かに引き寄せられるようにして、再度あの廃墟へと足を運んだ。

夜の訪れと共に屋敷に着き、再び中へ入った。前とは違って、一人でいることに不安を覚えたが、俺は日記の続きを読むことに集中した。屋敷は普段と変わらぬ静けさを保っていたが、何かが俺を見ているような視線を感じた。

再び2階に上がり、あの日記の部屋に入ると、そこにあるべきはずの日記がなかった。その代わり、床には見たことのない古い鏡が置かれていた。何の気なしにその鏡に近寄った瞬間、俺は何かに囚われたような感覚に陥った。

鏡の中には確かに俺が映っているのだが、その表情が妙に歪んで見える。俺は驚いて目を逸らしたが、なぜだか再び鏡を見てしまう。すると、今度は俺の背後に誰かが立っているではないか。驚き、振り返るが誰もいない。しかし、再び鏡を見ると、そこには確かに女性の影が映っている。

パニックに陥った俺は、その場から逃げ出した。だが、屋敷を出てもその恐怖は消えなかった。何度も何度も彼女の影が脳裏に焼き付いて離れない。そしてそれから、俺の日常は不思議な方向に狂い始めた。

家に戻っても安心できなかった。眠ると必ずあの鏡の女性が夢に現れ、ボソボソと何かを呟く。その内容は理解できないものの、不思議と恐怖を感じずにはいられなかった。さらにそれだけでなく、実際に日常生活でも人の声が聞こえるようになる。誰もいないはずの部屋から、何者かが俺を呼ぶ声がする。

俺は次第に現実と幻覚の区別がつかなくなっていった。友人たちも俺の異変に気づき始め、次第に距離を取るようになった。教師や両親が病院で診てもらうように提案してきたが、俺は頑なに拒否した。だって、俺が見たもの、感じたものは確かにそこに存在するのだから。

そしてある晩、俺は家の中で妙な音に襲われた。その音は徐々に大きくなり、やがて俺の名を叫ぶ形になった。耐えられなくなった俺は部屋を飛び出し、無我夢中で町を走り回った。そして、気づいた時には再びあの屋敷の前に立っていたのである。

逃れることができない何かに導かれるように、俺は再びその屋敷の中に入った。今度は迷うことなく、2階の部屋に向かい、その鏡の前に立った。鏡の中の俺はいつものように歪んで見える。だが、今度は恐怖と同時に、妙な安堵感を感じた。

再び鏡を見つめると、今度は後ろの女性がよりはっきりと姿を現し、笑みを浮かべていた。その笑顔に引き寄せられるように、俺は鏡に手を伸ばし、そして――

気がつくと、俺は病院のベッドの上だった。どうやら、屋敷で倒れていたところを発見されたらしい。しかし、俺の中ではすでに何かが壊れてしまった。現実と幻覚が交錯し、一体どちらが本当なのか分からなくなっていく。

あの日以来、俺は日常生活に戻ることができず、今でもあの廃墟の記憶は消えることがない。あの日の日記、そしてあの鏡の中の女性、それらは現実だったのか。それとも、俺が狂っているだけなのか。誰にも分からない。ただ、一つだけ確かなことは、俺の中の何かが、あの屋敷に取り憑かれてしまったということだ。

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