幽霊屋敷の謎と記憶

幽霊

深い森の中に佇む一軒の古い屋敷があった。荒れ果てた庭とひび割れた窓ガラスが、その長い間人に忘れ去られてきたことを物語っている。月のない夜には、その屋敷の影はまるで人が手を伸ばしているかのような形を取り、訪れる者を忌々しく睨みつけるのだった。

ある秋のこと、都会の喧騒から逃れようと、若い夫婦がこの屋敷に足を運んだ。旅行雑誌で紹介されているのを見て、興味を引かれたのがきっかけだった。自然に囲まれたこの場所で、二人は心の休息を求めたのだ。だが、彼らはまだ知る由もなかった。この場所に隠された暗黒が、彼らの訪問を歓迎していないことを。

「ここが例の屋敷ね」。妻の美佳がそう言いながら、車を降りた。夫の隆也は、少し不安げに屋敷を見上げた。「想像していたよりもずっと古びているな…」。彼は胸の中で、なにか不吉なものがうごめくのを感じたが、それを口には出さず、美佳の後について屋敷の扉を開けた。

屋敷に入るやいなや、ひんやりとした空気が二人を包み込んだ。内部は埃っぽく、長年手が加えられていないことが一目瞭然であった。だが、美佳はその古風な雰囲気を好ましく感じたようで、嬉しそうにあちこちを見て回った。「まるで時が止まったみたいね」。隆也は頷き、美佳の後をついて歩いたが、彼の心の中で何かがいやにざわついているのを感じ、うまく言葉にできないその正体に苦慮していた。

日が暮れ屋敷の周りが漆黒に染まる頃、二人はそれぞれの部屋で夜を過ごすことにした。隆也は重厚な古い家具と、かび臭いベッドに身体を沈め、明日の予定を思いながら眠りにつこうとした。しかし、どこからか微かな声が聞こえてくる。まるで誰かのすすり泣きのような声…彼はそれが夢の中の出来事であって欲しいと祈った。

その晩、夢か現実か分からぬまま、隆也は屋敷の暗い廊下を彷徨った。月明かりも差し込まず、足元の見えぬ中、彼はただ、声のする方向へ導かれるように歩いた。すると、ある一つの部屋の前で足を止めた。扉がわずかに開いており、不気味な隙間から、わずかな光がもれていた。

意を決して扉を押し開けると、そこには白いドレスを纏った少女の姿があった。彼女は、長い髪を乱して、壁にもたれかかるように座っていた。彼女もまた、こちらに視線を投げかけ、美しいけれども瞳には深い悲しみが宿っていた。

翌朝、隆也は昨夜のことが夢であったのか現実であったのか、混乱したまま目覚めた。だがその隣には既に美佳はいなかった。彼女はどこへ行ったのか、彼は不安になり彼女の名を呼びながら屋敷を探し回った。

一階の客室に降りると、美佳がそこにいた。彼女は壁に掛けられた一枚の古い写真に見入っていた。その写真には、白いドレスを纏った少女が写っていた。「この人…昨夜見たの」と美佳が言った。「私も夢の中で彼女を見た気がする」。

二人はその少女のことが気になり、調べることにした。どうやら、この屋敷の持ち主だった一家が不幸に見舞われていたという古い噂を見つけた。少女は事故で命を落とし、彼女の霊がこの場所に留まっているのではと囁かれていた。彼女がこの地に未練を残し、成仏できずにいるというのだ。

その晩、再び隆也は彼女の声によって目を覚ました。今度は夢ではないことを確信し、声のする方向へと恐る恐る足を進めた。階段を下りた彼は、再び昨夜の部屋の前で立ち止まる。そこには昨日と変わらず少女がいた。隆也はゆっくりと彼女に近づき、心の中で何を求めているのかを問いかけた。

少女は、彼を見つめたまま涙を流した。そして、彼女の唇は音もなく動いた。「家族と一緒に…いたかった」。わずかに耳に届いたその声に、隆也は心を締めつけられた。

翌朝、彼はこの夢のような出来事を終わらせるため、美佳と共に屋敷を離れることを決意した。彼女の願いが成就するのを手助けすることも、ここを去ることで果たせるという思いからだった。しかし、車に乗り込むとき、ふと振り返った彼の目に映ったのは、白いドレスの少女が、屋敷の窓から彼らを見送るかのように立っている姿だった。

その目には、かすかな笑みとも取れる表情が浮かんでいたが、彼にはそれが幸せな結末を予感させるものなのか、それとも新たな恐怖の予兆なのか、最後まで分からなかった。

その後、二人は二度とその屋敷を訪れることはなかった。それでも彼らの心の中には、常にこの場所で出会った少女のことが残り続けた。そして時折、風が強く吹く夜には、どこからともなく彼女のすすり泣きが聞こえてくるような気がして、二人は互いの体温を確かめ合うのだった。

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