ぼくはね、こういう話をするのちょっときんちょうするんだけど、おねえちゃんがどうしても「話してみれば?」っていうからするね。たしか、あのときぼくは小学二年生だったころだと思う。夏休みだった。とても暑い日で、ぼくは友だちの翔太くんといっしょに川で遊んでたんだ。川っていってもね、近くの公園にある小さな人工のやつ。水がひんやりしてて、気持ちよかった。
その日は、いつもと同じように遊んでた。明日は何をして遊ぼうかって話してね。でも、夕方になって「そろそろ帰らなきゃ」ってことになったんだ。ぼくたちは水をぱしゃぱしゃとはねて、もう一回だけ遊んでから帰ろうって決めたの。
「あ、あれ見て!」
翔太くんが急に叫んで、手でどこかを指さしたの。ぼくは「何?」って言いながらそっちを見たんだけど、最初は何も見えなかった。でも、よく目をこらすと川の向こうに誰かが立ってるのが見えたんだ。白いワンピースを着た女の子で、髪が長くて顔が見えなかった。ぼくたちはお互い顔を見合わせて、「あれ、誰?」って言ったんだけど、おかしいのが、その子はまったく動かなかったんだ。
「ちょっと近くで見てみようよ」
翔太くんがそう言ったので、僕たちは川をわたって近づいてみた。けれど、近くに行っても、その子はただ立っているだけで、何も言わなかった。ぼくは、「こんにちは」って声をかけてみたけど、やっぱり返事はなかった。
ここでぼくはいきなりちょっと怖くなった。翔太くんも同じ気持ちみたいだった。
「帰ろうか?」
「うん」
ぼくたちは川を急いで渡って、そのまま自転車に乗って帰った。でも、なんかわからないけど、ずっと後ろから誰かがついてくるような気がしたんだ。振り返っても誰もいないのに、その気持ちは消えなくて、ぼくの家まで一緒だった。
おうちに帰って、少しすると怖い気持ちはだんだんなくなってきたから、ぼくは忘れたふりをした。でも、その夜に、やっぱり夢にその女の子が出てきたんだよ。夢の中で、彼女は川の向こうからずっとぼくを見てた。けれど、今度は少しずつ笑っているように見えたんだ。
「どうしたの、そんなに顔色がわるいよ。」
お母さんが心配してくれたから、ぼくは朝に起こったことを全部説明した。でも、お母さんは笑って、「それはただの見間違いよ」と言った。たぶん、それはあってるんだろうけど、それでも何かが心の中に引っかかってた。
その次の日、やっぱり翔太くんが誘ってくれたので、川に行ったんだ。今度は大丈夫だと思った。けれど、また同じ場所で彼女が立っていたんだ。今度も顔は見えなかったけど、近づいたら少しだけ動いたような気がした。
「ねぇ、こわいよ。おうちに帰らない?」
僕が言うと、翔太くんも「そうだね」と言った。でも、立ち去ろうとしたそのとき、どこからか「行かないで」という小さなかすれ声が聞こえた気がしたんだ。本当のところ、声が聞こえたのか、それともただの空耳なのかわからないけど、とてもきんちょうした。
ぼくは翔太くんと一緒に、慌てて川から立ち去った。その日は、その後も何をしても集中できなくて、ずっとそのことばかり考えてた。家に帰ってからも、女の子の顔がちらついて、どうしても気持ちが悪い感じだった。
その後、ぼくと翔太くんはしばらく川に行かなかった。でも、いくつかの日が過ぎた後に、ぼくたちの好奇心が大きくなって、また行くことになったんだ。今回は本当に二人きりで、いつもの場所にその女の子はいなかった。ぼくたちはほっとした。安心して「よかったね」と言いながら、またその川で遊び始めた。
けれど、帰る途中でふいにまた「行かないで」という声がしたような気がして、ぞっとした。ぼくはもう振り返らないようにして、早足で家に向かった。でも、その声は本当に聞こえたのかもと、今でも考えることがあるんだ。
今となっては、あの夏のことはみんな忘れた気がする。でも、夜にかすかに聞こえる風の音や、静かな部屋の中でぼーっとしているとなぜか、背筋が寒くなる。翔太くんとは、もうこんな話はしないけど、たまに目が合うと、どうしてかそのことを思い出す。
本当に不思議な体験だったんだ。でも、お父さんやお母さんは笑って「子供だったからね」と言う。それも一理あるけど、本当に「見た」んだとぼくは思ってる。あの女の子は今もあの川の向こうにいるのかな。だから、ぼくはあの川には一人では行かないようにしてるんだ。