私は先月、友人たちと一緒に山梨県のとある山奥にキャンプに行くことになりました。5人グループで、大学時代からの仲間たちです。自然が好きな私たちは、毎年恒例のイベントとして夏にキャンプを計画しています。今年も特に楽しみにしていたのですが、その時の出来事を思い出すたび、背筋が凍るような感覚に襲われます。
そのキャンプ場は、古い日本の伝承が残る場所で、地元では「山の神」という妖怪が出ると噂されていました。地元の人たちはその妖怪を「やまびこ」と呼んでいるらしく、山の奥深くに住み、夜になると人を驚かせたり、時には迷い込ませたりするという話です。しかし、私たちは都市で育った人間で、そうした話を半ば信じていませんでした。それが、大きな間違いだったのです。
キャンプの初日は、特に問題なく過ぎました。私たちはテントを張り、火を囲んでバーベキューを楽しみました。山の空気は新鮮で、夏の星空は驚くほど美しかったのを覚えています。その夜は特に何も起こらず、疲れた私はすぐに眠りにつきました。
問題が生じたのは2日目の夜のことです。その日は昼間に近くの川で釣りを楽しんだ後、大きな魚を捕まえることができたので、みんなでホクホクしながら晩ご飯にしました。夜も更けた頃、キャンプファイヤーを囲みながら話をしていると、どこからともなく奇妙な音が聞こえました。まるで誰かが山の中で叫んでいるような声が、微かに風に乗ってきたのです。
友人の一人が「やまびこかな?」と冗談めかして言いましたが、私は何となくその声が気になり、注意深く耳をすませました。確かに、風に乗って小さく繰り返される声がそれなりに近づいてくるのがわかりました。その時、ちょうど私たちのもう一人の友人、タカシが「なんだか、本当に声が聞こえないか?」と言い出し、みんなで耳をそばだてることになりました。
声は、確かに近づいてきていました。それは徐々に大きくなり、まるで誰かが助けを求めているような切迫感があったのです。「誰か迷ったんじゃないか?」という意見が出て、私たちは懐中電灯を手に持ち、慎重に声のする方向へと進むことにしました。
山の中は昼間とは一変して、夜の闇がどこまでも深く感じられました。懐中電灯の光が頼りですが、岩や木々が影を作り、その陰影がさらに恐怖心を煽ります。声は続けていましたが、その出所が特定できず、私たちは一種の不安にかられながらも先へと進みました。
すると、ある地点で突然、声が止まりました。あたりは静寂に包まれ、私たちはようやく足を止めて辺りを見回しました。その時、友人の一人が何かに気づいて私の肩を叩きました。彼の指さす方向を見ると、朽ち果てた古い祠があり、その前に奇妙な石像が立っていました。それは人の形をしていましたが、顔がない、まるで無表情の石像でした。
その時、私たちは明確に、背後から何かに見られている感覚を覚えました。振り向くと、闇の中に何か動くものが確かに見えました。しかし、懐中電灯の光を向けると何も見えず、ただただ風の音だけが耳に響いていました。それに続いて、私たちの背後から急に「帰れ」とはっきりした声が響きました。私たちは恐怖で体が硬直し、一瞬その場から動けなくなりました。
気づけば、祠の石像が動いているように感じられ、それが徐々に私たちの方に向かってきている様に思えました。恐怖と不安が頂点に達し、私は無我夢中で「帰ろう!」と叫びました。仲間たちもそれに応じて、一斉に反転してキャンプサイトへ走り戻りました。
テントに辿り着いた私たちは、何が何だか理解できないまま、急いで荷物を片付け、車に飛び乗りました。仲間たちも無言で車を発進させ、私たちは地元の町まで戻りました。運転する手が震え、心臓が破裂しそうなほど早鐘のように打っていました。
地元の民宿に泊まることにして、一晩明けた後、私たちは地元の人々に昨夜の出来事を話しました。その時、顔を強張らせた老人が言いました。「あの山の中には古い神様が住んでおる。無許可でその土地に入るものを嫌うんじゃ…」と。
その老人の話によると、私たちが入ったあたりは「やまびこ」の範疇にあり、無断で近づくものをだまし、迷い込ませるというのです。祠はそれを鎮めるために造られたもので、石像はその地を守るものだと語られました。
この出来事から、私は日本の伝承には何か不可解な力があることを痛感し、それに対して無知であることの恐ろしさを知りました。それ以来、私たちは軽率に山奥に入ることを控え、自然には敬意を持つべきだと強く思うようになりました。もしあの時、もう少しでも奥に入っていたなら、私たちは戻ってこられなかったかもしれません。