夜鳴き婆の謎と村の秘密

妖怪

深夜の山道を一人歩いていた田中という男は、周囲の静寂に耳を傾けていた。彼は都会でのストレスを忘れるために、この古い村を訪れることにしたのだった。空気は冷たく、秋の終わりを告げる風が木々を揺らしている。だが、この静けさの中に、どこか不気味な気配が漂っていた。ふと、田中の背後で枯葉の擦れる音が聞こえた。振り向くが、そこには何もない。ただ、黒い影が木々の間を一瞬横切ったような気がした。

同じ頃、村に住む老人である斉藤は、自宅の縁側で月を見上げていた。斉藤はこの村に伝わる妖怪の話を思い起こしていた。それは「夜鳴き婆」と呼ばれ、夜な夜な山を徘徊し、迷い込んだ人々を惑わして行方不明にしてしまうという。村人たちはその存在を信じ、夜は山に近づかないようにと忠告されて育ってきた。だが、最近になって村の若者たちが何人か失踪する事件が相次ぎ、村は不安に包まれていた。斉藤もまた、一抹の不安を覚えていた。

村で唯一の若い女性である美智子は、村の外れにある古い神社で祈りを捧げていた。彼女は失踪した弟の帰りを願っていた。弟は好奇心旺盛な性格で、警告を無視して夜の山に分け入っていったまま戻ってこなかった。村人たちは「夜鳴き婆」の仕業だと囁いていたが、美智子はどうしてもそれを信じたくなかった。だが、彼女はどこかでその存在を感じており、毎晩恐怖に震えていた。

その晩、田中は薄暗い山道をさらに進んでいた。そこに、不意に冷たい風が吹きつけ、何かが耳元で囁いたように感じた。「戻れ」「ここへ来てはならぬ」という声。しかし、声の主はいない。振り返っても、そこにいるのはただの静寂だけだ。田中は不安に駆られながらも前進を続けた。すると、遠くの方からかすかに女の笑い声が聞こえたように思えた。低く、嘲るようなその笑い声は、彼の心に冷たい恐怖を植え付けた。

同時刻、斉藤は不安に駆られて家の中に戻った。彼は村の伝承について考えを巡らせていた。特に気になるのは、「夜鳴き婆」は時として人間に紛れて生活しているという噂だった。しかし本当の姿は、闇の中でしか見えないという。斉藤は震える手で茶を啜りながら、外の様子を気にして幾度も窓の外を見やった。彼は、この不可解な現象が妖怪だけの仕業でないことを感じ始めていた。

その頃、美智子は薄暗い神社から帰る途中で、弟の声を聞いた気がした。「ねえちゃん、助けてくれ…」と泣き声混じりに訴えている。振り返るが、そこには誰もいない。それでも確かに聞こえたのだ。美智子は足が竦み、動けなくなってしまった。彼女はこれが幻想でないことを知っていた。何かが彼女を呼んでいる、弟と同じ運命を辿らせようと。

物語の最後に、田中は山中で遭遇した黒い影の正体に気付く。それは実は、山で迷った村の若者たちの姿であり、彼らは妖怪の術によって宿を無くしてしまっていた。彼らは元々人間であったが、夜鳴き婆の術により意識を奪われ、彷徨う影と化していたのだ。そして、その中心にいる婆自身は実際のところ村人の誰かである可能性があった。その人物が、弟の行方を知っているのかもしれない。

斉藤は最終的に、村で何代にもわたり伝わる秘密を思い出す。それは、ある家系の人間だけがその妖怪を操れるということ。彼は村の系図を書き起こして確認しようと考える。誰がその力を持ち、何故それを続けているのかを解き明かそうとする。そして美智子は祈りの中で、その真実に近い夢を見、村を救う役割を果たす宿命を知るのだった。

すべては、触れることのできない過去の真実であり、山の中の不可解な恐怖は、いまだに田中の心に影を落とし続けていた。彼は村を去ることなく、齟齬と不安に包まれたまま、斉藤や美智子とともに、この奇妙な謎の根本に挑むことを決意するのであった。結末を告げる影は、まだ物陰で笑っている。

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