ぼく、ケンジっていいます。今年で小学三年生になりました。お父さんとお母さんと、それから犬のポチと一緒に暮らしています。おばあちゃんの家はちょっと遠くて、電車で一時間くらいかかるところにあります。夏休みになると、家族みんなでおばあちゃんのところに遊びに行くのが毎年の楽しみです。
ある夏の日、いつもみたいにおばあちゃんの家に行くことになりました。お父さんとお母さんが「今年も行こうか」と言ったので、ぼくはすごくうれしくて、前の晩からわくわくしていました。ポチも一緒に行けるから、にぎやかで楽しいんです。
おばあちゃんの家は古くて大きくて、お庭が広いです。ぼくはお庭で走り回るのが大好きです。それに、おばあちゃんはいつも優しくて、美味しいお菓子を作ってくれるんです。でも、その夏の休みはいつもとちょっと違いました。夜になったら、おばあちゃんが「もう寝なさいね」って言うんですけれど、なんとなく眠れなくて、布団の中でもぞもぞしていました。
その夜、急にトイレに行きたくなりました。おばあちゃんの家は古くて、トイレが別の建物になっているんです。だから夜に行くのはちょっと怖いんですけど、我慢できなくて行くことにしました。お父さんやお母さんはもう寝てたし、起こすのも悪いなって思って、がんばって一人で向かいました。
家の中から外に出ると、夜だからすごく静かでした。月が明るくて、お庭がよく見えていました。足元を気をつけて、歩きながらトイレに向かいました。トイレに着くと、ドアがギギィって音を立てて開きました。少しびっくりしたけど、「大丈夫、大丈夫」って自分に言い聞かせて、中に入りました。
それでトイレから出て、お家に戻ろうとした時、ふっと視線を感じたんです。見ると、お庭の奥の方に大きな木があるんですけど、その木のところに誰かが立っている気がしました。よく見てもやっぱり誰かがいる感じがしたんです。でも、こんな遅い時間に誰かがいるなんて、おかしいんです。
怖くなったぼくは、急いでお家の中に戻って布団に潜り込みました。心臓がドキドキしてなかなか寝つけなかったんです。でも次の日になると、なんだか夢だったのかなって思いました。朝日が差し込んでくると、その怖さがおさまっていたからです。
けれども、それから毎晩のように、あのお庭の木のところに誰かがいる気がしました。お母さんに言おうか迷ったんですけど、笑われそうで言えませんでした。でも、やっぱり毎晩気になって、どうしようもありませんでした。
ある夜、勇気を出して、ぼくは窓からお庭を覗いてみました。すると、はっきりと見えたんです。白い服を着た小さな女の子みたいな人が、木のそばに立っていました。顔はよく見えなかったけれど、とても寂しそうに見えました。怖いけど、ぼくにはどうしようもないんです。ただただ、見つめるだけでした。
次の日、おばあちゃんに「お庭にいるのは誰?」って聞いてみました。おばあちゃんはちょっとびっくりした顔をして、それから優しく笑って「そんなことはないよ、大丈夫だよ」と言いました。でも、その笑顔がなんだか少し怖かったです。
その夏が終わって、ぼくたちは家に帰りました。でも、時々あの女の子のことを思い出します。その姿が頭に焼き付いて、忘れられないんです。おばあちゃんの家に行くのがちょっと怖くなってしまいました。
学校が始まってからも、あの夜のことを家族には言えませんでした。お父さんやお母さんに話したら、「夢でも見たんだろう」って言われそうだからです。でも、本当に見たんです。心の中でぼくだけが知ってる秘密みたいになってしまいました。
そしてまた夏が来て、おばあちゃんの家に行くことになりました。ぼくは少し嫌だったんだけど、行かないわけにはいきません。それで今年もおばあちゃんの家に行って、また、あの夜がやってきました。
その時はもう怖くはなかったんです。あの女の子も、ただ寂しそうに立っているだけってわかっていました。ぼくはもう一度だけ、彼女を見て、手を振ってみました。そしたらほんの少し笑ったような気がしました。
それからは、何もわかりません。彼女は、ぼくに何を伝えたかったのか、いまだに考えることがあります。でも、その答えは、わからないままのほうがいいのかもしれません。
大人になった今でも、その夏の謎は心の中にそっとしまってあります。おばあちゃんの家はもうなくなってしまったけれど、その庭の木の下には、いまだに何かがいるような気がします。それが何なのかは、もう二度と知ることができませんが、彼女はきっとどこかで笑っているんじゃないかって、思うんです。