呪われた神社と少女の解放

呪い

石段を昇る足音が静寂の中に木霊する。古い神社の境内は深い森に囲まれ、常に薄暗い靄に包まれている。鳥居をくぐった時から、冷たい風が肌を刺し、空気が重苦しく沈んでいることに気づかされる。ここを訪れたことを後悔させるには十分すぎる雰囲気が、辺りを支配していた。

幼い頃からこの神社についての噂を聞いて育った。誰もが、その謂れのある忌まわしさには触れないようにしていた。地元の大人たちはその話を避け、子供たちに近づかないよう警告していた。しかし、言い伝えによると、ここに眠る女の霊が人々を呪い続けていると言われている。好奇心と恐怖とが交錯する中、私はその禁忌を破り、ここを訪れることに決めた。

社殿は苔むした石に囲まれ、木の板壁は歳月に晒されて黒く煤けて見える。女人台と呼ばれる古びた祭具が、ひっそりと境内の中央に横たわっている。それは、朗々とした神社の謀反時の記憶を静かに物語っていた。

何十年も前、この神社は地元の権力者が私的に利用していた。伝説によれば、その権力者は権力の座を失うことを恐れ、ある美しい少女を生贄に捧げたという。少女の名は伽羅(きゃら)と言った。伽羅は里でも評判の美人であり、賢さと優しさで多くの村人に慕われていた。しかし、彼女の運命は悲劇的なものだった。権力者の命により、伽羅はこの神社で生贄として供され、冷たい土の下に覆われたのだった。

その日以来、村では奇妙なことが相次ぎ発生し始めた。ささやく声や、無数の足音、誰もいないはずの場所での少女の笑い声。人々は伽羅の魂が神社に囚われていると信じ、恐怖から誰も近寄ろうとしなくなった。

それでも、時折、勇気ある若者たちが、伽羅の霊を鎮めるために神社を訪れたという。しかし、彼らのほとんどが戻ることはなかった。帰還を果たした者たちも、口を閉ざし、その顔には深い恐怖の色が浮かんでいた。

私は伽羅の魂を解放し、呪いを解く鍵を探るためにここにいた。だが、それはただの口実で、本当は青春の無謀さが私を駆り立てていたのかもしれない。

境内を映した何とも言えない静けさが、私の心をさらに重くした。私は恐る恐る一歩ずつ近づき、女人台の前で佇んだ。その瞬間、奇妙な感覚が背筋を這い上がり、肌寒さが増していったことを感じた。すると、何もないはずの空間に、柔らかく佇む影が浮かび上がる。

それは紛れもなく、伽羅の姿だった。彼女は微笑みながら、何かを私に語りかけようとしている。しかし、口から発せられた言葉は風に消え、意味を成すことはない。ただ、その目だけが哀しみに満ち溢れ、私をじっと見つめていた。

その瞬間、境内中に不協和音の如き響きが溢れ、私の意識は真っ暗にかき消された。気が付いた時、私は冷たい土の上で横たわっていた。頬と髪には湿った泥が絡みつき、ひどく気味の悪い匂いが漂っていた。

思い出したくない記憶が夢のように蘇る。そしてその記憶の中で、私は伽羅の罪を共有し、呪いの一部となっていることを悟った。彼女が見せた哀しみは、今や私のものでもあった。

その夜、私は村へと戻った。しかし、私の中には何かがいつもとは違う、得体の知れない感覚が巣食っていることに気づかされた。そして、誰のものとも分からない囁き声が、絶えず私を苛んでくる。耳を澄ませば、その声は伽羅のものであった。

村の人々の視線が私に向けられる。その冷ややかな視線は、神社に踏み入った無謀さへの非難でもあった。そして、その視線を受ける度に、私の中の何かが冷たく、暗く染まりつつあるのを感じる。

それから幾日かの日々が過ぎ去った。しかし、私に訪れた変化は、夜になると特に色濃く現れた。夢の中で伽羅がまた現れ、彼女の哀悼の声が私の耳に迫りくる。彼女の細くおびえた声を聞くたびに、私は彼女の恐怖と苦しみを感じ、目が覚めると冷たい汗にまみれていた。

ある晩、夢の中で伽羅は私に語りかけた。「私の苦しみを、あなたに分かってほしい。私の声を、あなたに届けたい。」その声は切実であり、私の心を揺さぶる。彼女の声は、次第に現実のものとして私の頭の中に響き渡っていくようになった。

焦りと共に、私は再び神社を訪れなければならないと感じた。伽羅を解放するために、私自身の魂を彼女に捧げる覚悟を決めたのだった。そうすることで、私が彼女の呪いを背負い、彼女を解放することができると信じた。

大雨の夜、私は神社へと向かった。灯りもない暗闇の中、私は足を滑らせ、転びながらも進み続けた。境内へとたどり着くと、そこは一層底冷えし、対照的に私の心臓は激しく脈打っていた。

すると、再び影が現れ、今度ははっきりとした声が響いた。「ありがとう。そして、さようなら。」伽羅の声だった。彼女の姿は、涙を浮かべながらも安らかに消えていくように、光の中へと消えていった。

その瞬間、私は呪いから解放されたのを感じた。伽羅の魂はようやく安らぎを得たのだ。しかし、神社を去ると、私には新たな約束が重くのしかかっていた。伽羅の魂を守るための生涯の誓約である。

その後も、私は度々神社を訪れ、彼女の霊を供養し続けている。そして、夜が来るたびに、伽羅の声が風と共に私に語りかけてくる。それは決して消えることのない契約となったのだった。

伽羅を解放することができたが、私にはその重みが一生つきまとい続ける。そして、その重みこそが、私の生きる宿命そのものであった。私は静かに呟いた。「これはもう一つの呪いかもしれない。」と。

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