最近、私はある不思議な体験をしました。それは、決して夢ではなく、現実の出来事でした。忘れもしない、あの夜のことです。あの瞬間から、私の生活は一変してしまいました。
その日はいつものように仕事を終え、家に帰る途中でした。時間はすでに夜中を過ぎており、静かな街並みを一人で歩いていました。途中、誰も住んでいないと言われている古いアパートの前を通りかかりました。歳をとったアパートは今にも崩れそうで、いつもは立ち入ることを避けていましたが、その日は何かに引き寄せられるように足を止めてしまいました。
何が私をそうさせたのか分かりませんが、なぜかその建物の中に入ってみたくなりました。恐る恐るドアを押すと、意外にも簡単に開きました。中は暗く、ほとんど何も見えませんでしたが、不気味な静寂が辺りを包んでいました。
すぐに引き返すべきだったかもしれませんが、その時、どうしても先へ進みたくなってしまいました。階段を登り、とにかくどこかの部屋の中を見てみたかったのです。3階に上がった時、ある部屋の扉がわずかに開いていることに気が付きました。用心深く中を覗き込むと、そこには古びた家具が無秩序に置かれた空間がありました。
足を踏み入れた瞬間、何か重苦しい空気が私を包みました。特に変わった物はなかったと思いますが、それでも異様な感覚がそこに漂っていたのです。そして、その時、視界の端で何かが動いたような気がしました。私は目を凝らしましたが、何も見当たらない、ただの錯覚だと思い込むことにしました。
しかし、次の瞬間、部屋の奥から聞こえてきた小さな声に、身体が凍りつきました。それは人間の声ではなく、何か異質なものでした。それは理解を超えた存在が、この空間のどこかに潜んでいるような、そんな予感を抱かせるものでした。
突然、部屋の温度が急激に下がり、私の息が白く見えるほどでした。恐怖心が全身を駆け巡り、動けなくなってしまいました。心の中では、逃げろと叫んでいるのに、身体が言うことを聞きません。徐々に音が重なり、ざわざわと耳鳴りが起こり始めました。
恐る恐る部屋を見渡すと、奥の壁に奇妙な模様が浮かび上がっていることに気付きました。それはまるで生きているかのようにうねり、少しずつ形を変えているかのようでした。目を離すことができず、ただただ見入っているうちに、模様の中心から闇がこぼれ落ちてくるような感覚に囚われました。
その模様はまるで何かを召喚するためのもの、あるいは異次元とこの世界を繋ぐ門のように感じられました。そして突然、その闇の中から手が伸びてきたのです。人間の手とは違い、酷く不格好で、まるで液体のように形が曖昧でした。それが私を捕らえようとしていることに気付き、もう後戻りはできないと思いました。
何とか身体を動かすことができるようになり、一目散に部屋を出ました。階段を駆け下り、出口に向かって全速力で走りました。背後からは不気味なざわめきが追いかけてきているようで、何度も足をもつれさせながら、必死に逃げました。
ようやく外に出ることができ、息を整える暇もなく、その場を離れました。振り返る余裕はありませんでした。ただただ、あの場所から遠ざかりたい一心で走り続けました。
家に帰り着いた時は、全身が震えていました。何が起きたのか、まだ理解できずにいましたが、それが単なる夢や現実の幻ではないことだけは確かでした。あれ以来、夜になると一人で外出することを避けるようになりました。あの場所で遭遇した得体の知れない何かは、一時的な恐怖で終わるものではなかったからです。
それから数週間が経ちましたが、あの出来事は今も私の記憶から消えることはありません。夜になると、あの時のざわめきが耳元によみがえることがあります。そして、その度に思い出してしまうのです。あの闇の手、そして異次元としか言いようのない存在との遭遇を。
誰にも相談することができず、一人で抱え込んでいますが、こうして書き留めることで少しは落ち着くことができます。しかし、それでも恐怖は消え去ることはありません。この経験が他の誰かにとっての警鐘となることを、ただ願うばかりです。二度とあのアパートには近づかない方が良いでしょう。あの場所には、決して触れてはいけない何かが潜んでいるのです。