先日、今でも思い出すと背中が冷たくなる体験をしました。あれは、週末を利用して、友人たちと一緒に山間部の小さな町へ旅行に行ったときのことです。目的地の町には、古い日本家屋が点在し、独特の静寂が漂っていました。町の雰囲気を楽しみつつ、どこか違和感を感じていたのです。
到着した日、私たちは町を散策することにしました。古い街並みを歩くうちに、奇妙に感じることがありました。道ゆく人々の表情が、どこか生気を欠いているように見えたのです。道を聞こうと、ベンチに座っている年配の女性に声をかけました。しかし、彼女は私たちを一瞥しただけで、すぐに目をそらし、口を開くことはありませんでした。
その日の午後、さらに不思議なことがありました。町を抜けると、緩やかな坂の上に大きな古い屋敷が見えてきました。その姿に引き込まれるかのように、私たちは無意識にその屋敷に向かっていました。近づくと、屋敷は使われていないようで、門には錆びた鎖と南京錠がかかっていました。それでも私たちはなぜか扉が開いているのではないかと考えました。
友人の一人が冗談半分に「ここでキャンプしたら面白そうだな」と言いました。皆で笑い合ったのですが、その瞬間、突然視界に黒い影が見えた気がしました。振り向くと何もいませんでしたが、不思議と不安感が胸に広がりました。
夜になり、私たちは町の唯一の宿に泊まることにしました。宿もまた古い日本家屋でしたが、一度中に入るとその古めかしい雰囲気の魅力に取りつかれました。食事の後、皆で囲炉裏を囲んで雑談をしていると、話題は必然的に昼間の屋敷へと移りました。
「誰か、夜中に行ってみる勇気ある?」友人の一人が言いました。冗談のはずが、私たちは奇妙な感覚で誰もそれに続くことができませんでした。その場の空気が急に重く感じられました。仕方なくその話題は切り上げ、私たちはそれぞれの部屋に戻ることにしました。
私の部屋は二階にありました。窓の外には、町の闇が広がっていました。ベッドに横たわりながら、どうしても気になることがありました。あの屋敷の姿が、無性に脳裏に焼き付いていて、どうしても眠れませんでした。
ふと、窓の外に目をやると、信じられない光景が目に飛び込みました。屋敷の方角に、淡い灯火が漂っていたのです。瞬間、心臓が跳ね上がり、汗が止まらなくなりました。そう思いながらも、確かめるすべがなく、ただ布団を頭からかぶり、朝を待ちました。
次の日の朝、私たちは町を離れる準備をしていました。朝食をとっていると、昨日とは打って変わって、宿の女将さんが話しかけてきました。「昨日の夜は、何もしなかったでしょうね」と一抹の警戒を含んだ口調で言いました。私たちは驚きつつも「何もしていません」と答えると、女将は何事もなかったかのように微笑むだけでした。
帰りの道中、友人の一人が不意に「やっぱりあの町、今思えば変だったよな」と言い出しました。私も同感でした。他の友人たちも頷き、帰り道の雰囲気が普段とは違って、どこか押し黙った空気になりました。
帰宅してから数日経ちますが、あの町の風景と屋敷、それに窓から見た灯火が、脳裏から離れません。町自体が何か異質な空間だったように思えるし、あの屋敷が何を意図してあそこに存在していたのか、疑念は深まるばかりです。
この話を誰かにすることにも抵抗を感じますが、書くことで少しでもあの奇妙な感覚から解放されるのではないかと思い、こうして記録に残しました。それでも、思い出すたびに首筋に冷たい汗が流れるのを止めることはできません。あの町と屋敷が何であったのか、未だに私には分かりません。ただ、あまりにも現実から少しずれているような違和感が、今でも私を苛むのです。