不気味な町のアパートと消えた住人の謎

異次元

私は大学時代、地方の小さな町にある古びたアパートに住んでいた。家賃が格安で、学生には理想的な場所だったが、そのアパートには奇妙な噂が絶えなかった。何でも、以前その部屋に住んでいた人が忽然と姿を消したとか、深夜に不可解な音が聞こえたりすると言われていた。冷静な私は、そんな話を一笑に付し、現実的な説明を探そうと考えていた。

最初の異変に気づいたのは、引っ越してから一週間が過ぎた頃だった。深夜、研究で疲れ果てた私はベッドに倒れ込んでいた。窓の外から聞こえる風の音に耳を傾けながら、いつの間にか眠りに落ちていた。しかし、ふと何かに目を覚まされた。時計を見ると午前3時を少し過ぎたところだった。あたりはしんと静まり返っている。かと思うと、どこからか薄い声が聞こえてきた。声は低く、囁くようなもので、何を言っているのかは分からなかった。

怖くなりつつも、声の元を探そうと、薄暗い部屋の中を見回した。しかし、どこにも人影はなく、ドアも鍵がかかったままだった。私は声の正体を確かめることができず、その夜は怯えながら再び眠りについた。

翌日、講義が終わった後、私は町の図書館へ行き、そのアパートに関する古い新聞や資料を調べることにした。そこで、驚愕の事実に直面した。私が住む部屋のあるアパートは、何十年も前に火事で多くの住人が亡くなっていたらしい。その後、消失した部屋は再建されたが、その際に現れた複数の住民が原因不明の失踪を遂げたという記録があった。

ただの偶然ではないだろうか、そう自分に言い聞かせた私は、何とか日常生活を送り続けた。しかし、奇怪な体験は続いた。ある晩、部屋の壁にうっすらと人の姿のような影が浮かんでいるのを見た。声だけではなく、視覚的な恐怖も加わり、私はますます不安に駆られた。

影をじっと見つめていると、その輪郭が徐々に鮮明になり、やがて表情まではっきりと見てとれるようになった。それは苦しみに満ちた顔で、まるで助けを求めているかのようだった。私は恐怖のあまり動けなくなり、その場でただ立ち尽くしていた。

次の日、大学の友人に相談したところ、彼は私に、助霊の儀式を試みることを提案してきた。最初は馬鹿げていると思ったが、他に打つ手もなく、彼の言う通りにその儀式を行うことに決めた。

儀式の晩、友人と共に部屋を暗くし、静かに集中していると、突然、部屋の温度が下がり始めた。部屋の空気が揺らぎ、再び囁くような声があたりに広がった。友人は驚いた顔をして私を見たが、二人とも恐怖で一歩も動けなかった。

その瞬間、私たちは見た。壁がぐにゃりと歪み、そこから白い手がゆっくりと現れた。それはまるで、向こう側からこちらに何かが侵入しようとしているようだった。手の次に見えたのは、顔だった。ただし、それは人間のものではない。異様に長い顔で、黒い穴のような瞳が無機質にこちらを見ていた。その存在は、こちらの世界の理に反したものであると直感した。

私たちは絶叫し、必死に逃げ出そうとしたが、ドアは開かず、窓もびくともしなかった。閉じ込められたと思ったその時、部屋の中で不可視の力が働き始め、家具が勝手に動き出した。まるで何かが私たちを中心に渦巻いているようだった。

その時、友人が突然、ある名前を口にした。「ユール」そう繰り返すうちに、影のようなものがたちまち消え去った。部屋は元の静けさを取り戻し、私たちは放心状態でその場に立ち尽くしていた。

後日、私たちは町の伝承を詳しく調べ、「ユール」という言葉が、火事で亡くなったある住人の名前であったことを知った。彼は失踪者の中でも特に研究熱心な学生で、異次元の研究をしていたと言われていた。彼の研究が、私たちをあの異質な存在に引き寄せたのかもしれない。

それ以来、夜中に部屋から声がすることはなくなったが、私はあの手が再び現れるのではないかという恐怖を抱き続けている。現実のものではない、あの得体の知れない存在を思い出すたびに、恐怖と絶望が心を締め付けるのだ。結局のところ、私たちは知識の果てに何があるのかを知るべきではなかったのだろう。私たちが思い描く「現実」など、あちら側の住人にとってはただの幻影に過ぎないのかもしれない。

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