不思議な村の秘密

風習

東京の喧騒を逃れるようにして、私は友人の紹介でとある山奥に位置する小さな村を訪れた。降り立ったバス停は、鬱蒼と茂る木々に囲まれ、人の気配はほとんどなく、風に乗って聞こえてくる鳥の声だけが耳を突いた。村は、細い山道を進んだ先に広がっており、私の他に降車した者はいなかった。

「アオハラ村へようこそ。」村の入り口には古めかしい木の看板が掲げられていた。友人によれば、この村は観光地化とは程遠い静けさを誇り、自然の中でゆったりと過ごすには最適だということだった。私は澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、足を進めた。

村の中心には、あまり大きくはないが、威厳のある神社が鎮座していた。その神社を中心に、ぽつぽつと古い民家が軒を連ね、私が宿泊する予定の宿もその一つだった。宿の女将が親しげに迎え入れてくれ、温かいもてなしを受けた。部屋に荷物を置くと、私は村を散策することにした。

道を歩くうちに、私の心は次第に不安に変わっていった。村人たちは皆、どこかよそよそしい目で私を見ているような気がしたのだ。挨拶を交わしても、すぐに目を逸らされる。視線の先には常に、古びた神社があった。

夕暮れ時、私は宿に戻る途中で、偶然にも村人たちが何かを運ぶ光景に出くわした。何か白い布に包まれたものを数名の男たちが神社の方向へと運んでいる。興味本位で後を追ってみたくなったが、あまりに異様な光景に足が止まった。

宿に戻ると、女将がお茶を淹れて待っていた。「今日はちょうど、村の大切な日なんです。」何が行われているのか尋ねようとしたが、女将の柔らかな笑顔にこれ以上は踏み込めないような気がして、そのまま話を逸らした。

夜になると、再び神社の方から太鼓の音が響き始めた。そのリズムは不規則で、どこか不気味さを含んでいた。私は窓を開け、その音色に耳を傾けた。月明かりが差し込む中、遠くで何かが動いている気配がする。急に胸騒ぎがして、足が凍えるような感覚に襲われた。

翌朝、村は何もなかったかのように静かった。私は神社へと足を運んでみた。入り口には昨日は見られなかったしめ縄が張られ、立ち入ることを拒むかのような空気が漂っていた。神社の中からは、祭りの後の気配すら感じられず、不思議に思いながらも、私はその地を離れることにした。

宿に戻ると、女将が待ち構えていた。何かを言いたげな様子だ。「あの、これ、村の伝統なのですが…あなたは何も見なかった、ということになっています。」口調は穏やかだったが、その目は決して柔らかくはなかった。

その夜、私は宿の部屋でふと目を覚ました。周囲は静まり返っていたが、直感的に何かが違うことに気付いた。ふと窓辺を見ると、一枚の紙が置かれていた。内容は短い文章だったが、読むにつれて寒気が走った。

『この村を出ることは許されない。あなたはもう、村の一部です。』

私は急にこの村から逃げ出したくなった。かばんをまとめ、夜明けを待たずに宿を出た。バス停はまだ暗闇の中に沈んでいた。震えながらバスを待つ間、背後で何かが動く気配がした。振り返ると、村の入口に、人影がぼんやりとこちらを見ていた。それが本当に人間だったのかどうか、私は確かめる勇気がなかった。

やがてバスが到着し、私は急いで乗り込んだ。車内に落ち着いても、心の中の不安は消えなかった。村から遠ざかるとともに、その不安が次第に薄れていく一方で、背後に何かを置き去りにした感覚が強く残った。

東京に戻った後も、あの村のことが頭から離れなかった。振り返ると、そこには何もなかったことになっていた。私は何もなかったと、自分に言い聞かせるほかない。しかし、あの紙切れに書かれた言葉は、今も私の記憶に深く刻まれている。

一歩踏み出すたびに背後からの視線を感じるようになったのは、その村を訪れてからだろうか。都市の喧騒の中でも、時折、あの暗い山奥の静寂を思い出す。そして、その度に冷たい汗が背中を伝う。それでも私は、決してその村の名を口に出してはいけないと自分に言い聞かせる。

なぜなら、もう戻ることは許されないからだ。彼らの「風習」に、再び触れることがないように。私はそっと、心の中でその扉を閉じるしかなかった。

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