私はこの話をどこかに残しておかなければいけないと思い、今、筆をとっています。もしも同じような経験をした人がいたら、きっと私が感じている不安と疑念を共有してくれるはずです。私はこれが現実なのか妄想なのか、自分でもはっきりしないまま、ただその現象に飲み込まれていきました。おそらく、これを読んだ方も同じような感覚に陥るかもしれません。
始まりは、なんともありふれた日常のことでした。その日、私はいつものように仕事を終え、帰途につくために駅へと向かっていました。通勤時間の電車はいつも混雑していましたが、その日は特に遅延もなく、いつも通りの時間に退勤できたのが運の尽きでした。
いつものように電車に乗って、同じように揺られていると、一つ離れたドアの近くに立っている人が気になりました。彼はこちらをじっと見つめていたのです。見知らぬ顔でしたが、なんとなく視線を避けきれず、ちらりと目を合わせてしまいました。すると彼は微笑んで、まるで旧友にでも会ったかのような親しげな表情を浮かべました。
私は気まずさを感じ、視線を窓の外に移しました。それでも、その人物の存在がどこか引っかかっていました。視界の端で彼がこちらを見続けているのが分かりました。
家に着いてもその表情が頭から離れませんでした。どこかで会ったことがあるような気もするし、まったくの他人のような気もします。ぼんやりと考え続けているうちに眠りにつきました。
次の日、私は職場でそのことを同僚に話しました。すると、「それは偶然でしょ、ただの人がいっぱいの電車の中で、ふと目が合っただけじゃないの」と軽く流されました。確かにその通りだとも思いました。しかし、言葉では誘導されても、どうしても違和感が消えません。
そして、同じようなことが数日間続きました。毎日電車で彼と目が合い、彼はそのたびに微笑むのです。次第に私は怖くなってきました。この偶然は何か異常なのではないか、と。疑念が胸に募る中、再び彼に視線を送ってみました。その瞬間、彼の口元が不自然に歪んだように感じられました。それは笑みではなく、もっと何か恐ろしいものに見えました。
私の生活は、その日を境に壊れだしました。通勤のルートを変えても、時間をずらしても、どこかしらで彼に出会ってしまうのです。いつも彼は微笑んでおり、私を見ている。まるで私の生活の一部になったように、彼が存在しているのです。
段々と家にいることすら不安になり、誰にも理解されないこの恐怖を誰に相談するべきか分からない状態に追い込まれました。ゲームに集中しようとしても、テレビを見ていても、どこかで彼の気配を感じるのです。彼が私の日常をじわりと蝕んでいく感覚に苛まれました。
数週間が経ち、私は職場での手際も悪くなり、同僚からも心配されるほどの落ち込みに陥りました。それでも彼は現れ続け、私を嘲笑っているかのような態度を崩しません。彼を避けようとしても、彼の存在が私を追い詰めてくるのです。
ある夜、私は思い切って彼に話しかけることを決心しました。これが妄想か現実かを確かめるしかない、そしてこの悪夢から逃れたい、と。次に彼を見かけた時、私は彼に近づきました。しかし、そこには誰もいませんでした。人混みの中に、彼の姿は消えていました。
一瞬、自分でも不思議に思いましたが、その後すべてが腑に落ちました。彼は私の中にいる、私の恐怖と不安が具現化したものだったのです。彼を実体化させていたのは、私の心だったのです。
この出来事を機に、私は仕事を辞め静かな地域へと引っ越しました。あの日以来、彼を「見る」ことはなくなりましたが、時折ふとした瞬間にその存在を感じてしまいます。自分の弱さが再び彼を呼び寄せるのではないかと恐れる日々が続いています。もしいつか再び彼に会うことがあれば、今度こそ真実を見極める決心を持ち続けるつもりです。
これが私の経験したことのすべてです。現実と妄想の境界を越えてしまった一瞬、そして私がどうにかその渦から這い上がってきた工程を、あなたがどう受け止めるか分かりません。しかし、この曖昧な境目で起こる恐怖が、誰かに伝わることを願っています。