# ヨモツヒラサカの舞と隠された恐怖

違和感

むかし、むかし、世のはざまに揺れる村ありき。その地の名、忘られしは「ヨモツヒラサカ」とて、影の如く薄れし境に佇む所なりけり。陽光の及ばぬ地にて、村の者ら、日々に古き習いを守るを常とし、月の数を重ねし代々に語り継ぎし儀式を絶やさず続けたり。

その儀式の名を「月夜の舞」と呼び、村より選ばれし者、一たび年終わりの夜、妖しき舞を奉げて、異なる界(さかい)よりの訪れ者、去りゆくを祈らんとせり。その舞う姿、まるで風に揺るる葦の如く、形無きものと化して、やがて輪を描きて地を這うごとく動きぬ。

ある年のことなり、巫女の選ばれたるは幼き娘、名をナギと申す。彼女、薄明の中にて、白き衣纏いし姿、夢か幻か、曖昧朧に揺れ動き、生けるとも死せるとも知れぬ様なり。村人ら、彼女に畏れと期待を託しつつ、乾きを帯びたる声にて唱えごと繰り返しぬ。

「ヨモツヒラサカの神よ、足踏み入る者に影落とさば、幾星霜巡りて現世離れゆけ。ただ、舞え、続けよ。」

その声、風に乗り、時空を漂い、夜の帳を破りて広がり行きぬ。やがて聞こえきたり、異界の者らの囁き。村人らの耳元に、かの者等の声、絶えず囁きかけて。

「汝、何故ここにありや。忘れられし古の里の儀、なぜ今もなお続けけるぞ」

それを聞ける者ら、恐怖の念にしがみつき、胸中に潜む思いを深く隠せども、己の心の奥底に、何かしらの違和感に囚われぬ。

夜は濃密となり、月光は去りぬ。ナギ、視線を下げしまま、その舞いの体を乱さず、影の如く揺るる。村人ら、彼女に深く羨望の眼差しを注ぎつつも、どこかの安らぎを求める如く見えぬ軛に縛られぬ。

やがて夜明けの声を告げる鶏の鳴く音、いつもならば、村中を包めるはずが、斯が夜は詭異なる静寂にて覆われぬ。何者か知らぬが如く、人の気配、影も無く、息づかいのみがひっそりと紡がれるにすぎぬ。

その時、村外れに一部の者、黙し込みぬ。村を囲む土塀の向こうより、ずるずる、這い回りしものの音、いかにも不自然に、地を渡りけり。村人、正気に返りつつも、人知れず異界との端に立ちしこと改めて知りたるものの、言葉もなし。

時の流れ者、ナギの舞いの終わりを迎える頃、奇妙なる音は途絶え、村の息吹、改めて戻り来たりぬ。しかし、村人の心中には明確ならぬ恐怖、ますます深まり、顔には得体の知れぬ笑み、残りぬ。

それより、村の習いの儀式、いつの日か消え失せたり。然し知る者達、その舞いに秘められし真意の奥底には、抗し難き恐怖の陰、頑なに隠れけんと心せり。

時は流れ、言い伝えは薄れゆけども、この異界のモノに対する儀式と、ナギの舞い、その意味を後世の者の知ることは無けれど、奇妙なる噂、とおとお流れ伝わり、時には蛮勇なる者ども、探求の行に赴かば、もとより知恵ある者に「触れるなかれ」と伝えけん。

村の伝承に隠れし真実の僅かな一片のみ、時折、薄闇の向こうより囁かるることあれど、それもまた、仮初めならぬ現と何人信じよか。

幾年月経ちし現在、村にて生きたるもののなし。されど、朽ちし家々の残骸は、今もなお異界の影、奥深き闇に吸い込まれ続け、静寂に包まれぬ。誰もが訪れざるその地、「ヨモツヒラサカ」、未だ異なる気配密やかに存在し続けると、言い伝えにあり。

斯くて、我らが知ることのできぬ、今に於いても絶えることなき面影、そんな地に宿る違和感。感じること能はず、されどもどこかに在るやに、そう信じ訪れざる者たちの、物知らぬ畏れ多き面持ちやも。

今はただ、斯様なる謎めいた話の一端を、またしても語り継ぐことを余儀なくされる者らの、徒然なる思いの深き底、まだまだ尽きることなき嘆息とともに。

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