タロウの選択: 妖精の庭と村の未来

日常崩壊

むかしむかし、ある静かな村に、ちいさな男の子が住んでいました。男の子の名前はタロウと言って、毎日楽しく遊んでいました。村は緑に囲まれていて、やさしいおじいちゃんおばあちゃん、元気なおとなたち、そして笑顔の子どもたちがたくさん住んでいました。

ある日、タロウがいつものように森の小道を歩いていると、ふしぎな声が聞こえてきました。その声はどこからともなくふわふわと浮かんできて、まるで風に乗ってやってきたかのようでした。「タロウ、タロウ、遊びましょう」と優しい声がささやきます。タロウは不思議に思いましたが、その声に魅せられて、その声の方へと進んで行きました。

やがて、タロウは村では見たこともない美しい庭にたどり着きました。庭には色とりどりの花が咲き乱れ、その香りがあたりを包んでいました。真ん中には青い池があり、池のほとりに座った小さな妖精がタロウを見守っていました。妖精はにっこり微笑み、「遊びましょう」と言いました。

タロウは喜んで妖精と遊び始めました。しかし、遊びの中で、少しずつ不思議なことが起こり始めました。かるがもさんが逆さまに空を飛び、花たちは一斉にあいさつのように体を揺らしました。それが面白くてたまらなくなり、タロウは笑いました。

しかし、次の日、村に戻ると、何かが違っていることに気づきました。村の家々はいつもより少しだけ小さくなっているように見えました。「こんなことがあるのかしら」と、タロウは不安になりました。でも、おかあさんに話しても、笑って「ただの気のせいよ」と言われるだけでした。

それからというもの、タロウは毎日庭に遊びに行きました。けれども、不思議なことは日を追うごとに増えていきました。ある日、妖精が、「この庭は君が遊びに来てくれるから、ますます素敵な場所になっているのよ」と教えてくれました。タロウはうれしかったけれど、その日の村に戻ると、今度は村の大きな木が縮んでいるのに気付きました。

「おかしいな、どうしてだろう?」タロウは考えましたが、思い当たる節はありません。村の人たちも「気のせいだ」「幻覚だ」と言うばかりで、あまり気に留めていないようでした。

ある夜、タロウの夢に妖精が現れました。「タロウ、もっともっとこっちで遊びましょう。楽しいことがたくさん待っていますよ」と妖精は言いました。タロウはうとうとしながら「うん、いいよ」と答えました。目が覚めると、村はまた小さくなり、家の中の家具までが少しずつ小さくなっていました。

「どうしてだろう?」タロウにはわかりません。けれども、不思議とそのことが気にならなくなるという、さらにおかしなことが起き始めました。村の人たちも、だんだん小さくなっていく村に慣れてきて、「これが当たり前なんだ」と言うようになりました。

ある日、妖精がこう言いました。「タロウ、君が来るたびに、この庭は成長するんだ。でもその代わり、君の村はちょっとずつ小さくならなくちゃいけないのよ」。タロウは驚きましたが、妖精の笑顔を見ると、なんだか平和な気持ちになり、また遊び始めました。

しかし、村がどんどん小さくなると、とうとう村人たちにもその影響が現れ始めました。おとなたちは小さなことで争うようになり、子どもたちも元気をなくしていきました。タロウはどうすることもできず、ただ妖精の庭での遊びを続けました。

ある日、妖精は悲しそうな顔をしてタロウに言いました。「もしこのまま遊び続けるなら、君の村はいつか消えてしまうかもしれない。それでもいいの?」タロウは考えました。村を救いたいと思ったけれど、妖精との遊びも捨てがたかったのです。心の中で、どうすればよいか悩み続けました。

その夜、タロウは夢を見ました。村全体が真っ暗になり、誰もいなくなってしまう夢でした。目が覚めたタロウは、急いで妖精の庭に行き、妖精に言いました。「もうこの庭には来ないよ。村を大切にしたいんだ」。妖精は寂しそうに頷きましたが、「君が決めたのなら、それが一番正しいんだよ」と、やさしく微笑んで言いました。

それからタロウは、もう妖精の庭には行きませんでした。村は少しずつですが、前のような姿に戻り始めました。森の中の小道も、いつものように静かに見守ってくれていました。

こうして、タロウは村の平和を守ることができました。でも、ふとした瞬間に思い出します。妖精の庭での不思議で楽しい日々を。村の平和を取り戻す代わりに手放した、その大切な思い出を。妖精はどこかで、いつもタロウのことを見守っているに違いありません。

それでも、タロウは村を選びました。なぜなら、村の人たちとの日常こそが、本当に大事なものだと気づいたからです。でも、心のどこかで囁く声が聞こえることもあったのです。「いつかまた、遊びにおいで」と。それでも、タロウはその声に耳を貸すことはありませんでした。

おわり。

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