これは俺が数年前に体験した、本当にあった話なんだけど、どうしても誰かに聞いてもらいたくて、こうして書き込んでみることにした。リアルで話すと馬鹿にされるし、自分自身でもあまり信じられないんだけど、ネットなら少しは理解してもらえるかもしれないと思う。
あれは、俺が大学生で、引っ越したばかりのアパートに住んでいた頃のことだった。そのアパートは、まさに学生向けといった感じで、古くて安かったけど、俺にとってはちょうど良かった。家賃も一人暮らしには手頃で、バイト先にも近かったのが決め手だった。
その時の俺は、親元を離れて自由を謳歌していたんだけど、特に趣味という趣味もなく、夜になるとネットサーフィンばかりしていた。ある晩、不眠症気味で夜更かしをしていると、匿名掲示板で「オカルト板」にたどり着いた。そこには、さまざまな「怖い話」が投稿されていて、暇つぶしにはもってこいだった。
あるスレッドに、何か引き込まれるような感じがした。投稿者は「J」というイニシャルで、自分が体験した不思議な出来事を書き込んでいた。それは、古いアパートで彼が体験したという、誰もいないはずの隣の部屋から聞こえてくる笑い声の話だった。その笑い声は、しばらくすると泣き声に変わり、次第に頭痛を引き起こすような強烈なノイズに変化していったという。興味をそそられた俺は、そのスレッドを読み進めていった。
しかし、途中から異様なことに気づいた。その投稿に出てくるアパートの描写が、俺の住んでいるアパートに酷似していたのだ。Jが話している部屋の配置や、周辺の環境が、俺の周りとほとんど同じだった。アパートの外観、階段の数、窓から見える景色まで、何から何までそっくりだった。
ただの偶然かもしれないと思いつつも、そのスレを読み進めてしまった。Jは、そういった不可解な体験をした後に、気味が悪くなって引っ越したという。そして、同じような経験をした人が他にもいるので、気をつけた方がいいと警告していた。
その夜はそんな話を読んだせいもあって、寝つきが悪かったんだけど、窓の外から聞こえてくる風の音や、夜更け特有の静けさに余計に神経が過敏になっていた。しばらくすると、妙な音がすることに気がついた。最初は風のせいだと思っていたんだけど、どうやらそうじゃない。冷静に耳をすますと、それは壁を通して聞こえてくるかすかな笑い声だった。
背筋が凍る思いだった。Jが言っていたのと同じ状況じゃないかと思うと、胸が締め付けられるような恐怖を感じた。しかし、好奇心が勝った俺は、部屋の電気を切って音をこっそり聞いてみることにした。その笑い声は少しずつボリュームを増していき、やがてはっきりと耳に届くようになった。それは、人間の笑い声とは違って聞こえた。何か、言葉では表現できない不気味さがあった。
しばらくすると、笑い声は低いうめき声に変わっていった。それはまるで、どこかで閉じ込められた誰かが苦しんでいるような声だった。俺は怖くなって、布団にくるまって身動きが取れなくなってしまった。どうしていいかわからず、ただひたすら時が過ぎるのを待っていた。
次の日、あの怪現象のことを友達に話してみたんだけど、やっぱり信じてもらえなかった。無理もないと思う。俺自身も信じられないんだから。その日も夜になり、恐る恐る自分の部屋に戻った。部屋に入ると、昨日のことがまるで嘘のような静けさだったが、俺はずっと緊張して、何かが起こるのではないかと身構えていた。
その夜もやはり、あの笑い声が聞こえてきた。今度は、俺の心の準備ができていたせいか、少し冷静にその声を聞くことができた。しかし、耳をふさいでもその声が消えることはなく、どこからともなく頭の中で繰り返されるような感覚に襲われた。音がどんどん近づいてくるようで、心臓が痛いほど鼓動を激しくしていた。
このままでは気がおかしくなりそうだった。衝動的に俺はスマホを取り出し、その掲示板のスレッドに書き込むことにした。「誰か、俺も同じような経験をしている。このアパートは呪われているのか?」と。
すぐにレスがついた。同じような経験をしたという人もいれば、単なる妄想だと言う人もいた。だが中には、エクソシストのような儀式を試すべきだと言う人や、部屋に盛り塩を置くなどのアドバイスをくれる人もいた。
俺は試してみることにした。翌日、スーパーで塩を買って、部屋の四隅に盛り塩をしてみた。それでも、夜が来るとやはりあの笑い声が聞こえてきた。塩なんて意味がなかったのかと心底がっかりした。しかし、なんとなくその声がいつもより遠く聞こえるような気がした。
掲示板に盛り塩を試したことを書き込んでみると、同じ方法で効果があったという人からの励ましのレスが返ってきた。「続けていれば、そのうち収まる」と言ってくれる人がいて、少しだけ心の重荷が軽くなった。
それから、数日経っても日中は至って普通の日常が過ぎていったが、夜になるとやはり笑い声が聴こえ続けた。しかし、少しずつその声が弱くなっていくのが感じられた。掲示板の住人たちが言った通り、盛り塩が徐々に効果を現しているのかもしれなかった。
ある日、俺は昼間にアパートの管理人と顔を合わせる機会があった。恐る恐る「このアパートで、過去に何かあったんですか?」と尋ねてみた。管理人は意味ありげに黙ったまま顔を背けたが、しばらくして曖昧な笑みを浮かべながら「昔、何人かの住人が、あの騒音に悩まされたという話は聞いたことがある。でも、最近はそんな話も聞かないね」と言った。
それから、さらに時間が経って、やがてあの笑い声は完全に聞こえなくなった。盛り塩を続けていたおかげか、それとも単に俺が慣れただけかはわからないが、とにかく静けさが戻ってきた。しかし、あの夜の出来事が一体何だったのか、未だに解明ができないでいる。
最初のうちは本当に怖かったけど、今ではこの経験も少し笑い話にできるようになった。でも、未だにあの掲示板にアクセスすると、当時の記憶が蘇る。そのスレッドは今でも更新が続いていて、新たな住人が体験談を語っている。もしかしたら、あの声はあの建物そのものに取り憑いているのかもしれない。そんなことを考えると、改めて冷たい物が背中を走っていく感じがする。
それが俺の体験だ。信じるか信じないかは、読んでる君次第。でも、今も俺の耳には、時々あの笑い声が蘇ってくることがある。それが幻聴なのか、本当にあの部屋に何かがいたのか、真相は分からないままだ。