お化け坂の霊体験

幽霊

私はその日、仕事で遅くなり、終電が過ぎた後にやっと帰路につきました。町の明かりもまばらで、人気のない路地を歩いていると、ふと背筋が寒くなるような感覚を覚えました。それもそのはず、私の実家の近くには、地元では有名な「お化け坂」があったのです。

お化け坂というのは、その名の通り、昔から霊の目撃談が多い場所です。特に、一人で夜に通ると何かが寄ってくるといわれ、地元の人々は避けるようにしています。しかし、私は霊に懐疑的で、それまでも何度かお化け坂を通ったことがありました。その夜も、特に問題はないだろうと、その坂を選んでしまったのです。

坂の中腹にさしかかった時、薄暗い街灯が一つ淡い光を投げかけていました。その光の中、地面に影が一つ落ちていることに気付きました。それは、私とは違う方向に伸びているように見えたのです。「誰かいるのか?」と恐る恐る振り返ってみました。しかし、そこには誰の姿もありませんでした。不安になり、足を速めようとする私の背中に、冷たい風が吹きつけました。

風が一瞬止んだ後、微かにすすり泣くような声が聞こえたのです。耳を疑いました。周囲には誰もいない、ただの風の音だと自分に言い聞かせましたが、声は風と共に次第に大きくなってきました。それははっきりとした人間の泣き声で、私の背後から聞こえてくるようでした。鼓動が速くなり、恐怖で振り返ることができませんでした。

恐る恐るその場を進んでいくと、声はますます大きく、叫びともつかない声に変わり、私を追い詰めるようでした。そして、突然それはぴたりと止まりました。不気味な静けさがあたりを包み、私は息を呑みました。そのとき、何かが私の肩をそっと掴んだ感触を得ました。

思わず悲鳴をあげ、振り返ると、そこには若い女性の霊が立っていました。顔は青白く、その目は何かに怨念を抱いているかのように暗く沈んでいました。私の心臓は破れかけ、全身が恐怖で硬直していました。逃げるべきだと頭では理解していましたが、体は言うことを聞きません。

女性の霊は無表情のまま私に向き直り、唇をかすかに動かしました。何かを言おうとしているようでしたが、声は聞こえませんでした。しかし、その視線だけで、彼女が強い思いを抱えていることが伝わってきました。そして突然、彼女は消えるようにしてその場から消失したのです。私はその場に立ち尽くし、恐怖で呆然としていました。

しばらくして、我に返った私は、全速力でその坂を駆け下り、家まで帰りました。その夜、布団に入りましたが、一睡もできませんでした。頭の中には、あの女性の霊の怨念に満ちた目が何度も浮かび、取り憑かれたようになっていました。

翌日、地元の友人にその体験を話すと、彼は驚いた顔をして言いました。「それはきっと、あの坂で事故死した女性の霊だよ。何年も前に、婚約者に裏切られて自殺した女性がいて、それ以来、お化け坂には彼女の霊が出るって話だ」。私はその話が信じられないような気がしたものの、心のどこかで納得してしまいました。

それ以来、私は決してお化け坂を通ることはなくなりました。少なくとも、夜に一人では。その出来事があってから、私の耳には時折風の音と共に、あのすすり泣く声が聞こえるようになったのです。彼女の霊はまだどこかで彷徨っているのかもしれません。そして、その未練や怨念は、彼女に平穏を許されないままなのです。

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