「黒い影と佐藤の失踪」

都市伝説

それは、ある夏の夜のことだった。私は大学時代の友人、田中と居酒屋で一杯やっていた。彼とは久しぶりの再会だったので、遅くまで話し込んでいた。酒が進むにつれて、田中は妙に思いつめたような顔をして、ぽつりとこう言った。「そういえば、最近、変な話を聞いたんだが」。

田中は、彼の職場の同僚である佐藤という男から聞いた話を始めた。佐藤は、ある日曜日の夜、一人で街を歩いていたという。何かが彼を追ってくるような気配を感じたのは、古い商店街を通り抜ける時だった。振り返っても誰もいない。しかし、その気配は確実に、彼の背中を舐めるようについてきた。

商店街を抜けると、小さな公園があった。公園の街灯は薄暗く、風に揺れる木々の影が地面に不気味な模様を描いている。佐藤は公園のベンチに腰を下ろすと、深く息を吐いた。その時、近くのブランコがぎしぎしと音を立てて揺れ始めた。誰も乗っていないはずなのに。

心臓が高鳴るのを感じながら、佐藤は携帯電話を取り出して時間を確認した。電波が悪いのか、画面には時間も表示されていない。嫌な予感が心を締め付ける。彼は一刻も早く家に帰ろうと、公園を後にした。

その夜、佐藤の夢に何か黒い影が現れた。その影は言葉にならない声で彼に何かを囁いている。それは冷たく、暗闇そのもののようだった。夢から覚めた後も、彼はなおその影の感触を忘れることができなかったという。

翌日も仕事をしている間、佐藤はどうしてもその夢のことが頭から離れなかった。影の正体を知りたいという妙な衝動に駆られ、彼は再びその公園に行くことを決意した。

夜、仕事が終わった後、佐藤は再びその公園を訪れた。心の中では半信半疑だった。夜の公園はひっそりとしていたが、何故か感じる異様な空気が彼を包み込む。再びベンチに座り、周りを見渡すが、何も変わった様子はない。ただ、ブランコのぎしぎしという音だけが耳に残った。

「やはり気のせいだったのか…」ため息をつき、佐藤は立ち上がった。その瞬間、背中に氷のような冷たさを感じた。それは、彼が公園に入った時から付きまとっていた気配とは違う、もっと深い闇のようなものだった。

慌てて振り返ると、そこには黒い影が立っていた。それは人の形をしているが、輪郭が曖昧で顔もはっきりとしなかった。影はじっと佐藤を見つめ続け、逃げようとする彼の足をまるでくすぐるように、影が地面から生えているように思えた。

恐怖のあまり、佐藤は無我夢中でその場を去った。振り返ることもしなかったと後に田中に語ったらしい。

この話を聞いた時、私は酒の酔いも手伝って、つい笑い飛ばしてしまった。「ただの気のせいだろう」と。その時は幽霊や心霊現象など信じていなかった。しかし、田中の表情はひどく真剣で、笑う気にもならなくなった。

「でもな、その話には続きがあるんだ」と田中は険しい顔つきで言った。佐藤が再びその公園を訪れようとするたびに、何かしらの不都合が起こるらしい。電車が止まったり、急な用事ができたりして、どうしてもその場所に行けなくなるそうだ。まるで何かが彼を寄せ付けないようにしているかのように。

佐藤は次第にそのことを気にしなくなり、日常に戻った。しかし、彼の夢には時折、あの黒い影が現れ続けていると言う。それはただ立っているだけで、何もしてこないが、佐藤はその度に身をすくませてしまう。

この話を聞いた時から、なぜか私も興味がわいてしまった。それは単なる偶然か、何か別の力が働いているのか。次回、田中に会う時は続きを聞こうと思ったが、なぜかその機会は訪れなかった。

それから数ヶ月後、再び田中と会う機会があった。彼の第一声は、「佐藤が失踪した」というものだった。彼はすっかり音信不通になり、職場にも姿を見せなくなったらしい。田中は途方に暮れながら私に話した。

「もしかしたら、あの黒い影が…」と彼は言葉を選びながら続けた。「いや、そんなことはない。だが、彼が戻ってくることを願うばかりだ」と。

私の中に不安が広がった。曖昧で検証できない都市伝説。それがただの作り話であるなら良いが、もしも何かしらの「何か」が実在するのだとしたら。

今でも、薄暗い夜道を歩くと時折、背中に冷たい視線を感じることがある。それは佐藤の話を思い出させ、私の心をざわめかせるのだった。彼の失踪は一体誰のせいなのか、それとも何者かによるものなのか。それを知る方法は、まだ見つかっていない。

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