「森の妖怪との遭遇」

妖怪

私は、小さい頃から祖父母が住む田舎の村に遊びに行くのが毎年の恒例行事でした。深緑に囲まれたその村は、都会では味わえない静けさと、なんとも言えない懐かしさがありました。しかし、私はいつも、あの村に行くのが少しだけ怖かったのを覚えています。特に夏の夜になると、異様な静けさが辺り一面を覆い尽くすのです。

ある年の夏、私は中学生になり、少し冒険心が芽生えていたのか、祖父母の家の近くにある神社にある深い森へ一人で行ってみることにしました。昼間は陽の光が木々の間に差し込み、気持ちいい風が通り抜けるのですが、日が落ちるとその雰囲気は一変します。

祖父母からは「夕方には帰っておいで」といつも言われていたのですが、その日は友人と電話で話していたこともあり、気づけばとっぷりと日が暮れていました。慌てて帰ろうと森を抜けようとするも、なぜか道がわからなくなってしまったのです。

森の奥に入ると、聞いたことのない音がしました。それはまるで誰かが私の足元を滑るように歩いているかのようでした。「カサカサ」と、まるで葉の上を小動物が走っているようなその音が、次第に近づいてくるのです。一人でに不安になり、早足でその場を離れようとしました。

その時、森の奥から妙な声が聴こえてきました。低く、かすれた声で何かを唱えているような、不気味な唸り声のようでもありました。声の方向を見たくないと思いつつも、なぜか目を離せませんでした。私の視線の先には、薄明りに照らされた白い影がぼんやりと見えました。その影は人の形をしていましたが、顔も手足も異様に細長く、まるであやふやな存在のようでした。

背筋が凍る思いで、その場から逃げ出しました。森の中の道はどれも同じように見え、一度道に迷うと、まるで出口がないように錯覚します。それでも必死で進むと、しばらくして小さな祠にたどり着きました。

祠の前には、おばあさんが座っていました。何か目を見張るような出会い方でしたが、それ以上に、なぜかその場に現れたことに少し安心しました。「どうしました?」おばあさんは優しく話しかけてくれました。

私は恐怖と安堵が入り混じる中で、森での出来事を話しました。おばあさんは少し眉をひそめながら、「あの森にはね、時々妖(あやかし)が出るのさ」と言いました。そして、「人が迷うのを見通して、遊び半分で惑わせているの」と続けたのです。

私は話を聞きながら、半分信じられない思いでしたが、おばあさんの目はとても真剣でした。「ここで一息つくと良いよ。あの者たちは、正体を知られるとおもしろくないから、近寄らなくなるものさ」と言い残し、おばあさんは背を向け、ゆっくりと森の奥に消えていきました。

私はその後しばらく祠の前で座っていました。心が落ち着くと、何者かに導かれるように来た道を戻ると、自分がよく知っている道に出ることができました。祖父母の家に着くと、祖父が心配そうに待っていてくれました。私は何も言わず、ただ無事に帰れた喜びに浸り、その晩は何も起こらなかったかのように眠りについたのです。

それ以来、あの森にはあまり近づかないようにしています。しかし、時折村に戻ると、祖父母の家の近くを歩くたびに、あの日のことを思い出さずにはいられません。あの白い影や、不気味なおばあさんは本当に妖(あやかし)だったのか、それとも私の幻想が見せたものだったのかはわかりません。でも、何かが確かにあったと言わざるを得ません。

この体験を通して、私は古い言い伝えや伝承に少しだけ慎重になるようになりました。今では、誰かが不思議な体験をしたと聞いても、簡単に笑い飛ばすことはできません。何もかもが科学で説明できる時代にあっても、あの森の奥にはまだ、私たちの知らない何かが潜んでいるのかもしれません。

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