「山で出会った異界の存在」

妖怪

私は若い頃、地元の小さな町で祖母と暮らしていました。その町は周囲を山々に囲まれた、静かな場所でした。町には古い神社があり、祖母はそこの巫女として務めていたので、私は小さい頃から神道や妖怪について興味を持つようになりました。

ある夏の日、私は神社の裏山で遊ぶのが日課でした。この日もいつものように山へ行き、小さな小川に沿って歩いていました。日差しは強かったですが、木陰はひんやりとして心地よかったのを覚えています。

ふと、どこからか不思議な音が聞こえてきました。鈴が鳴るような、しかしどこか耳につく不協和音でした。辺りを見回しても誰もいません。音のする方向に気を取られ、私はさらに奥へと進んでしまったのです。

すると、突然視界が開け、小さな滝が見えました。その滝のそばに、誰かが座っていました。それは、ひどくやつれた老人のように見えましたが、何か普通ではない感じがしました。無意識に一歩下がったその時、その「何か」がゆっくりとこちらを振り返りました。

その顔はまるで干からびた果物のようにしわだらけで、その目は真っ黒で底が知れない。まるで奈落のような目でした。驚きと恐怖で足が動かなくなりました。その時、思い出したのは祖母から聞いた話でした。

「山の奥に行ってはいけないよ。そこには『山姥』がいるからね」

祖母の言葉が脳裏に蘇り、私はようやく自分がどこに来てしまったのかを理解しました。しかし、もう遅かったのです。「山姥」は微笑むと、手を差し出し、こちらに来いと手招きをしました。その動きがあまりに滑らかで、異様だったのです。

その瞬間、私は駆け出しました。追われている気がして振り返ると、「山姥」は滝のそばに立ったまま、こちらをじっと見ていました。その黒い目が、まるで闇そのものでした。

神社の敷地内に戻ったとき、どっと疲れが出て、私はその場に崩れ落ちました。祖母が駆け寄ってきて、私は何があったのかを話しました。祖母は険しい顔をし、私に礼を忘れないようにと教えてくれたのを思い出しました。

「山のものに会ったら、静かに帰りなさい。そして、もう二度とその山に行かないことね」

その後、私は祖母と一緒に神社で祈りを捧げ、その経験を忘れ去ろうと努めました。しかし、あの不気味な微笑みと漆黒の目は、記憶の底に深く焼き付いてしまいました。

数年後、祖母が亡くなり、私は町を出ました。しかし、時々帰省するとき、まだその山を遠くから見ることがあります。どこからか鈴の音が聞こえてくる気がして、私は急いで家に戻るのです。

あの日の出会いが何だったのか、未だにわかりません。ただ一つ言えるのは、あの場所には私たち人間とは異なる存在がいるということ。祖母が言っていた通り、礼を尽くして、決して踏み込んではいけない領域があると、私は信じるようになりました。

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